英語や英語教育に関する本は山のようにある。本書『英語が出来ません』もそのひとつ。類書と異なるのは、新聞記者が「日本人と英語」をテーマに長年取材し、課題や問題点を掘り下げていることだ。具体的な話が多いので、多くの日本人にとって参考になる。
本書は2013年、全国高校英語ディベートコンテストで1位になった高校を、著者の刀祢館(とねだち)正明さんが訪れるところから始まる。出場した250校の頂点に立ったのは、栃木県の宇都宮高校だ。北関東では長い伝統を持つ名門進学校として知られる。
ディベートに出場した生徒の中に、帰国生や留学経験者はいなかった。それどころか、高校に入学した時は英語を話すことすらできなかった生徒もいたという。そんな生徒たちがなぜ短期間で「日本一」になれたのか――。
その秘密は本書に譲るとして、この話には第二幕がある。「日本一」のチームは翌年、トルコで行われた世界大会に出場した。対戦相手は8か国。タイ、トルコ、アラブ首長国連邦など、いずれも英語圏の国ではなかったが、1勝7敗。「全く歯が立たなかった」。
日本はそれまでに7回出場して通算で4勝52敗。英語がネイティブではない国にも勝てない。それが当時の日本の実力だった。
本書で、世界大会の議題が紹介されている。
例えば2011年大会。「独裁者には権力の座から下りる代わりに、免責を与えるべきだ」「選挙は強制すべきである」。2017年の大会では、「医者がストライキをすることを認めるべきかどうか」などだ。
同じ東アジア文化圏では中国は優勝歴がある。韓国は決勝トーナメントの常連。日本の高校生はどうして戦えないのか。
本書の大きな問題意識が、そこにある。そして世界で戦えるようにするには、どのような教育や訓練が必要なのか。
結論から言うと、関係者の尽力もあって、その後の日本はじわじわと勝率を上げている。18年は3勝5敗。19年は4勝4敗。そして21年、ついに5勝3敗となって世界76か国が参加した戦いの決勝トーナメントに進んだ。
本書は「役に立つ英語、役に立たない英語」「百年前からの格闘」など多方面から日本人と英語の問題に迫り、対応策を考える。教師、国会議員や通訳・翻訳者、自動翻訳の研究者など、様々な人が登場する。
著者の刀祢館さんは1957年生まれ。元朝日新聞編集委員。学芸部、オピニオン編集部などで20年以上にわたって文化、論壇、オピニオンを担当するとともに、2013年から19年まで夕刊で「英語をたどって」を連載した。ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス(LSE)客員研究員、早稲田大学非常勤講師なども経験している。
本書は新聞連載のほか、大修館書店の雑誌「英語教育」の連載「新聞記者エイゴ界を歩く」など約30年にわたる英語取材の蓄積をもとに再取材してまとめたものだ。
受験英語の参考書についても言及されている。たとえば佐々木高政氏の『和文英訳の修業』。初版は1952年。何度か版を重ね、英作文の名著として有名だ。とくに冒頭の「暗記用例文500」は内容が優れているといわれてきたが、刀祢館さんは「どうも内容がひっかかる」と正直だ。
英語教育の成果が上がっているフィンランドを調べた研究者から、日本の英語教育との違いなどを聞き、報告もしている。
刀祢館さん自身は長年コツコツ英語を勉強してきたが、今も「英語が出来ない」一人だという。英語のエキスパートとして知られる立教大学名誉教授の鳥飼久美子さんから、「あなたの英語についての記事は、英語のプロでも英語が得意でもない人が書いているからいい」と言われたことがあるという。英語が出来ない人にとっては、とくに親近感がわく一冊だ。
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