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本屋大賞ノミネート作。『夜が明ける』に込めたメッセージは。

夜が明ける

 「どれだけ傷ついても、夜が深くても、必ず明日はやってくる」――。

 西加奈子さんの5年ぶりの長篇小説『夜が明ける』(新潮社)が「2022年本屋大賞」にノミネートされた。本書のテーマは、若者の貧困、虐待、過重労働。

 「書きながら、辛かった」という西さん。5年間苦しみ抜いて到達した「祈り」が込められた「再生と救済」の物語。

 高校1年生のとき、「俺」は身長191センチの「アキ」と出会った。普通の家庭で育った「俺」と、母親にネグレクトされていた「アキ」。ちょっとした偶然で2人は友達になり、かけがえのない親友になっていく。

 俺は大学卒業後にテレビ制作会社に就職し、アキは高校卒業後に劇団に所属する。焦がれて飛び込んだ世界は理不尽に満ち、俺たちの心も体も壊れていって......。15歳から33歳までの男同士の友情と成長、人間の脆さ、生きていくことの奇跡を描く。


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西さんが描いたイラスト(画像提供:新潮社)

いい奴だった、これ以上ないほど

 物語は、アキが残した日記とともに、俺がアキのことと自身のことを回想する形で進行する。

 「あいつのことを知ってほしい。きっと長い話になるけど。(中略)あいつが生きていたこと。この世界で、あいつの体で、どんな風に生きていたか。そして許されるのなら、俺自身のことも」

 俺はアキに、のちにアキの人生を大きく変えることになるフィンランドの俳優「アキ・マケライネン」のことを教えた。マケライネンはとても奇妙な風貌で、とにかく目を引く男だった。

 アキは入学式から異彩を放っていた。高すぎる身長、高校生らしからぬ皺と髭、とんでもなくうすら暗い空気を発していた。その上、「壊滅的な吃音」だった。

 俺はずっとアキに注目していた。ある日、「お前はアキ・マケライネンだよ!」と話しかけると、「だ、だ、だ誰?」とアキは驚いた。

 「すげぇ面白い奴。どんなに悲しい状況でも、どんなに苦しい人生でも、マケライネンが演じたらとにかく笑えるんだ。なんていうか、生きる勇気がもらえるんだよ」。それからアキは、「ぼ、ぼ、僕はマケライネンだ」と名乗り始めた。

 「アキはいい奴だった、これ以上ないほど。(中略)びっくりするくらいみっともなくて、異形で、でも、アキは笑っていた」

誰かに助けを求める

 アキは母子家庭で育った。俺は高校2年生のとき、父が借金を残して事故死した。

 生い立ちも卒業後の進路も異なるが、貧困、虐待、過重労働の当事者、被害者という点で2人は共通していた。リストカット、徘徊......。やがて心身ともに蝕まれ、破滅的な行為を繰り返すように。絶望の底を見た気がして、読みながら苦しくなった。

 のちに俺は、アキがどんな生活をしていたのか、どんな人生を歩んでいたのかを知る。そして「どうして、俺に連絡をくれなかったんだろう」と思う。

 「人生の岐路に立ったとき、そしてそれがどうしようもなく苦しいものであるとき、助けを求められるのが親友なのではないだろうか。(中略)それとも、アキはそもそも、『誰かに助けを求める』ということを、知らなかったのかもしれない」

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西さんが描いた表紙(画像提供:新潮社)

 西さんが主人公の状況を表現したという、表紙の迫力に圧倒される。1度見たら忘れないだろう。歯を食いしばる若者の震え、叫びが伝わってきそうだ。

 主人公の「俺」は、最後まで名前で呼ばれることはない。それには、「俺」は特定の誰かではなく、誰もが「俺」になり得る、「この小説はあなたの物語なんだよ」という意味があるという。

■著者コメント

 「ある部分では私は当事者であり加害者でもありますが、ある部分では当事者ではありませんし、私が書いていいのか、作品にしていいのかという葛藤がありましたが、この五年間、ずっと考えて書き続けて、途中バンクーバーに生活拠点を移して、この生活の中で、やはり社会の一員として、作家のエゴとしてこの作品を書きたい、書かないといけないと思って、全力を尽くして書きました」

 西さんが本書を通して最も伝えたかったメッセージは、「苦しかったら、助けを求めろ」――。俺とアキがどんな「夜」を過ごし、そして「夜が明ける」のかどうか、見届けてほしい。

 新潮社の『夜が明ける』特設サイトでは、試し読み、著者のコメント動画の視聴ができる。


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著者の西加奈子さん(画像提供:新潮社)

■西加奈子さんプロフィール

 1977年イランのテヘラン生まれ。エジプトのカイロ、大阪で育つ。2004年に『あおい』でデビュー。翌年、1 匹の犬と5人の家族の暮らしを描いた『さくら』を発表、ベストセラーに。07年『通天閣』で織田作之助賞を受賞。13年『ふくわらい』で河合隼雄物語賞受賞。その他の小説に『窓の魚』『きいろいゾウ』『うつくしい人』『きりこについて』『炎上する君』『円卓』『漁港の肉子ちゃん』『地下の鳩』『ふる』など多数。


※画像提供:新潮社



 


  • 書名 夜が明ける
  • 監修・編集・著者名西 加奈子 著
  • 出版社名新潮社
  • 出版年月日2021年10月20日
  • 定価2,035円(税込)
  • 判型・ページ数四六判変型・414ページ
  • ISBN9784103070436

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