本書『黒牢城』(KADOKAWA)は、「このミステリーがすごい! 2022年版」(宝島社)国内編第1位など、昨年(2021年)4大ミステリランキングを制覇し、19日(2022年1月)発表される第166回直木賞候補になっている(※)。『満願』などのミステリ作品で知られる米澤穂信さんが、戦国時代を舞台に新境地を開いた作品だ。
主人公の荒木村重は、本能寺の変より4年前、天正6(1578)年の冬、織田信長に叛旗を翻して有岡城に立て籠った。翻意を説得するため訪れた織田方の智将・黒田官兵衛は、「この戦、勝てませぬぞ」と言う。村重が頼りにしている毛利は決して助けに来ない、というのだ。
痛いところを突かれた村重だが、官兵衛をとらえ、城内の土牢に閉じ込める。「殺せ、村重」と官兵衛は叫んだが、なぜ村重は官兵衛を生かしたのか。この謎がずっと頭に残る。
この史実をモチーフにした作品には、遠藤周作の『反逆』などがあり、戦国時代劇に村重は、しばしば登場する。2014年のNHK大河ドラマ「軍師官兵衛」では、田中哲司さんが村重を演じた。
歴史的には籠城10カ月にして、村重は城を脱出、自分は生き延びるが、落城し、妻子や家臣とその妻女の多くが信長によって処刑されたため、村重の名は今でも「不名誉な武将」として語り継がれている。この「悪役」イメージの強い主人公に、いかに新たな命を吹き込むか、米澤さんは大いに悩んだに違いない。そして、英明な武将がいかにして籠城を続けるのかという一点に絞り、ミステリとして造形したのである。
周囲の城が寝返り、情勢が悪化するなか、城内の人心を揺るがせるような難事件が相次いで起こる。冬にまず、人質の殺人事件が起こる。裏切った武将の11歳の息子は人質として城内にいた。部下たちは殺すように進言したが、「生かしておくよう」命じた。しかし、納戸にかくまっていたところを矢で殺されてしまった。矢は残っておらず、矢を射るような場所もないのに、どうやって犯行は行われたのか? 村重は当日、現場近くにいた部下たちから事情を聴くが、真相に届かない。悩んだ末に、地下牢の官兵衛に会いに行く。
子細を聞いた官兵衛は狂歌を村重に詠む。それにヒントを得た村重は、あることに気が付き、実証する。部下を問い詰めると、「すべては殿の御為。敵は殺さねばなりませぬ」と自白した。
命令に背いた部下は当然殺さなければならないが、村重はそうしない。
「――信長なら、殺す。 ――ならば、殺さぬ。 村重は信長の逆を為すことを決めていた。」
信長を英雄視するような従来の戦国武将像を否定する人物造形に戦慄した。
続く章では、春の小さな戦闘の手柄をめぐるミステリが展開する。二つの新参者の集団、一つは一向宗の門徒である雑賀衆、もう一つは南蛮宗(キリスト教)の高槻衆、どちらが敵の武将の首を取ったのか。考え悩む村重はふたたび官兵衛を訪ねる。官兵衛の無礼な言葉に村重は覚悟を決める。どちらにも褒美を与え、納得させるが、首が入れ替わった謎は残ったままだ。ともあれ、城下の人心は落ち着いた。
さながら、官兵衛は「アームチェア・ディテクティブ(安楽椅子探偵)」ならぬ「地下牢探偵」の趣きがする。村重から説明を聞いただけで、事件の背後に潜む謎を解き明かす。なぜ、官兵衛は村重に協力的なのか。官兵衛の真意を知り、読者はおののくことだろう。本稿のはじめに、村重は城を脱出し、生き延びる、と書いた。本書では、その真意に触れている。
後に茶人として名を残し、天寿を全うした村重。その思考回路は信長よりも、ずっと現代人に近いだろう。だからこそ、ミステリという優れて現代的な文芸の主人公として適任だったと考えられる。
すでに先行作品やドラマなどで村重について知っている人でも十分楽しめる作品に仕上がっている。籠城中の事件を創作して、武将の人心掌握術や雑多な集団が同居した戦国の戦の実相などに迫っているからだ。
米澤さんはインタビューで、「官兵衛が幽閉される物語の入口と、城が落ちるという出口の史実はゆるがせにしないで、その間の空白の一年、史料の残っていない有岡城内で、想像力を駆使しました」と話している。
米澤さんは1978年岐阜県生まれ。2011年『折れた竜骨』で日本推理作家協会賞を受賞。『満願』で山本周五郎受賞。2021年、本書『黒牢城』で山田風太郎賞を受賞している。直木賞にノミネートされるのは『満願』『真実の10メートル手前』に続き、3回目。米澤さんは作家デビューの前、書店員をしていたという本好きで知られる。
※『黒牢城』は19日、今村翔吾さんの『塞王の楯』とならび、第166回直木賞を受賞した。(1月19日加筆)
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