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58歳、主婦。「離婚したい。でも、お金がない――」

もう別れてもいいですか

 「離婚したい。でも、お金がない――」。

 垣谷美雨(かきや みう)さんの『もう別れてもいいですか』(中央公論新社)は、妻を奴隷扱いする夫との決別、そして50代女性の再出発を描いた作品。

 長年鬱積した感情をよくぞ代弁してくれたと、世の女性たちの多くが拍手を送りたくなるのではないだろうか。個人的には、小説を読んでこんなにも主人公を応援したくなることはそうそうない。

 「夫は暴力も振るわないし、今のところは浮気も新たなキャッシングも発覚していない。そんな状態で離婚したいと思うなんて、世間の常識から外れているのではないかと思い、ずっと苛まれてきたのだが、今まさにその迷いが吹っ切れた思いだった。だって、一緒にいるだけで息がちゃんと吸えなくなる」

これほどまでに夫を嫌っていた

 原田澄子、58歳。給食センターでフルタイムで働いている。2人の娘は独立し、夫の孝男と2人暮らし。ある日、高校時代の同級生から喪中ハガキが届く。亡くなったのは親御さんかと思ったが、58歳の夫だという。

 「......羨ましい。唐突に湧き上がってきた感情に戸惑っていた。(中略)どうやら自分は......これほどまでに夫を嫌っていたらしい。早く死んでほしいと思うほどに」

 夫は家事も育児も一切手伝ってくれず、途中から期待するのをやめた。その頃から少しずつ憎しみが募り始めた。暴言、奴隷扱い......。夫の威圧感が年齢とともに耐えがたくなっていた。

 夫に対する悩みがある友人とは「うちのも早う逝ってくれんかな」「夫を早死にさせる方法ってないんかな」などと、冗談まじりに言い合うことも。

 「ああ、お金さえあれば......。だけど......ないものはない。(中略)そもそも、もう五十八歳なのだ。四十歳そこそこならまだしも、人生をやり直すには遅すぎる」

もう五十八歳、だけど

 澄子は高校卒業後、地元で就職、結婚した。稼げる資格も、会社に正社員で入れる実力もコネもない。それに、夫に暴力を振るわれたことも、「誰のお陰でメシを食えると思ってるんだ」や「俺は大卒やけど、お前は高卒だ」などと言われたこともない。

 第三者からは、ならばなぜ離婚......と思われるだろう。しかし当の本人は、夫の半径1メートル以内に近づくのさえ嫌で、腕と腕が触れた瞬間に鳥肌が立つほど。

 「夫が大っ嫌いだ」という気持ちは誤魔化しようがない。「離婚したい......でも、お金がない」。同じ言葉を、もう何百回も繰り返している。

 「無理だよ、無理。もう既に五十八歳なんだよ、自分。だけど、死ぬほど夫が嫌い。本当に別れたい。(中略)一度きりの人生なのに、今のまま屈辱的な生活を送り続けるのか」

 離婚か現状維持か。行動範囲も交友関係も狭く、控えめだった頃とは別人のように、澄子は離婚に向けて具体的に考え、行動を起こしていく。

自分では翻せない種類の感情

 子育てを終えたあたりから、女子会と称して高校時代の同級生と集まるようになった。都会に出ていった同級生の美佐緒が離婚したという。

 みんな夫の愚痴を言うばかりで、いざ離婚となると、それは恥ずかしいものだと思っている。お金のない生活が怖い。一人で生きていく自信も強さもない。世間から不幸な女だと思われたくない......。澄子もずっとそうだった。それが最近になって、考えが180度変わった。

 「五十代とは、人生の総決算の時期なのか。否応なく来し方を振り返らせて反省させるのは神の意志なのか。(中略)年を取るごとに、止めどなく恨みが溢れてくるのを自分では抑えようがなかった」

 澄子はまず、「なんだか最近、母の具合が悪いみたいやの」と孝男に嘘をつく。ここから別居→離婚に持ち込もうと考えた。その間に、弁護士に相談したりもした。

 夫からのメールと言えば、「まだ帰ってこんのか」「いったいいつ帰ってくるんだ。洗濯物が溜まっとるぞ」......そんなものばかり。

 「次の瞬間、気持ちはさらに固まっていた。もう二度と帰らないと。自分の意思で決めたのではなく、勝手に決まってしまったという感じだった。それは自分では翻せない種類の感情だった」

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 シリアスなテーマでありながら、ユーモアがある。妻が夫の不満をぶちまけるところは、痛快としか言いようがない。それにしても人間はここぞという局面で、こんなにも底力を発揮できるのか。澄子と一緒にたくましく、凛とした女性になった気分だ。


■垣谷美雨さんプロフィール

 1959年兵庫県生まれ。2005年『竜巻ガール』で小説推理新人賞を受賞し、デビュー。テレビドラマ化された『リセット』『夫のカノジョ』『結婚相手は抽選で』や映画化された『老後の資金がありません』のほか、『夫の墓には入りません』『四十歳、未婚出産』『定年オヤジ改造計画』『うちの子が結婚しないので』『うちの父が運転をやめません』『希望病棟』『代理母、はじめました』など著作多数。


※画像提供:中央公論新社



 


  • 書名 もう別れてもいいですか
  • 監修・編集・著者名垣谷 美雨 著
  • 出版社名中央公論新社
  • 出版年月日2022年1月10日
  • 定価1,760円(税込)
  • 判型・ページ数四六判・304ページ
  • ISBN9784120054884

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