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なぜ「させていただく」にイラっとするのか?

「させていただく」の使い方

 「本日はすでに退勤させていただきました」「ご相談させていただきたく存じます」......。「違和感」があるのに、なぜ「多用」してしまうのか。

 「させていただく」の研究書『「させていただく」の語用論 人はなぜ使いたくなるのか』(ひつじ書房、2021年)で異例のヒットを記録した、言語学者で法政大学教授の椎名美智(しいな みち)さん。

 本書『「させていただく」の使い方 日本語と敬語のゆくえ』(角川新書)は、「させていただく」と敬語のこれまでとこれからについて、椎名さんが「古典から最新例まで、面白いところだけを抽出」して解説する1冊。

 相手への敬意より自分のために敬語を使っていた
・使われるうちに敬意がすり減る「敬意漸減の法則」
・「敬意のインフレーション」で敬語がてんこ盛りに
・「上下関係」よりも「距離感」を重視している
 「させていただく」の使用拡大と慇懃無礼な印象という矛盾した両面の謎を語用論のアプローチで解き明かす――

「させていただく」警察ではない

 著者の専門はコミュニケーション論・語用論・文体論で、実際のコミュニケーションで使われた言葉のダイナミックな流れを分析している。

 語用論とは、コミュニケーションの中で、言語がどのように使われているのか、なぜ言外のメッセージが伝わるのかなど、実際に使われている言葉を観察する言語学の一分野。

 「『させていただく』を論じていると、すぐに『「させていただく」警察だ』と思われてしまうのですが、それは大きな誤解です」

 分析・解説をすることはあっても批判するつもりはなく、どんな言葉の使い方に対してもできるだけ「中立的な態度」で言語現象に接することを心がけているという。

 「言葉は生物(いきもの・ナマモノ)です。変化するのは当たり前、正しいとか間違っているとかではなく、それぞれの時代に生きる人々の感覚や距離感に合わせて変化していきます。そうした様相を捉えようとするのが語用論です。この本も、そうした語用論のアプローチで書かれています」

「させていただく」という針の穴

 本書は「第一章 新しい敬語表現――街中の言語学的観察」「第二章 ブームの到来――『させていただく』の勢力図」「第三章 違和感の正体――七〇〇人の意識調査」「第四章 拡がる守備範囲――新旧コーパス比較調査」「第五章 日本語コミュニケーションのゆくえ――自己愛的な敬語」の構成。

 「させていただく」は約150年前に使われ始めたそうだが、使用増加は1990年代から。そして今まさに「ブレイクの真っ最中」という。

 「私が興味を持っているのは、(中略)人々が『普通の敬語だと敬意が足りない気がする、さて、どうしよう?』とあえぎながら、これでもかこれでもかと『させていただく』を連発している敬語のインフレ現象です」

 社会の変化、人々の意識や距離感の変化、日本語の敬語の変化。様々な流れの集まった結節点に「させていただく」現象が立ち現れている、と著者は考える。

 「敬語の変化」とあるが、敬語は「尊敬語」「謙譲語」「丁寧語」の3つというのは以前の話。今はそこに「丁重語」「美化語」が加わり、5つに分類されているという。

 「行為に直接関わる相手に敬意を示すタイプの敬語」から「コミュニケーションの相手に自分の丁寧さを示すタイプの敬語」へのシフト。これは私たちのコミュニケーションスタイルの変化を示し、「させていただく」の使用増加とも深く関係しているそうで......。


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 「目の前で起こる言語変化の面白い現象を記録しておこうという好奇心から、用例採集を始めました。言語学者が『させていただく』という針の穴から覗いた、社会や人々の様子を記したのがこの本です。(中略)言語オタクのおしゃべりだと思って、ツッコミながら読んでいただければと思います」

 たいした違和感もなく使っていたが、「させていただく」がここまで深く分析・解説される対象だったとは。「言語オタク」とあるが、まさに。ぜひ本書を読んで、「させていただく」のディープな世界を体感してほしい。


■椎名美智さんプロフィール

 法政大学文学部英文学科教授。宮崎県生まれ、お茶の水女子大学卒業、エジンバラ大学大学院修士課程修了、お茶の水女子大学大学院博士課程満期退学、ランカスター大学大学院博士課程修了(Ph.D.)、放送大学大学院博士課程修了(博士(学術))。専門は言語学、特に歴史語用論、コミュニケーション論、文体論。著書に『「させていただく」の語用論』(ひつじ書房)、『歴史語用論の世界』(共編著、ひつじ書房)、『歴史語用論入門』(共編著、大修館書店)など。


※画像提供:株式会社KADOKAWA


 
  • 書名 「させていただく」の使い方
  • サブタイトル日本語と敬語のゆくえ
  • 監修・編集・著者名椎名 美智 著
  • 出版社名KADOKAWA
  • 出版年月日2022年1月10日
  • 定価990円(税込)
  • 判型・ページ数新書判・224ページ
  • ISBN9784040824147

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