奥田亜希子さんの『求めよ、さらば』(株式会社KADOKAWA)は、「恋愛」というテーマに真正面から挑んだ作品。
奥田さんは、世間に馴染むことができない「こじらせ系女子」と「アイドルオタク男子」の心の交流を描いた『左目に映る星』で第37回すばる文学賞を受賞し、デビュー。繊細な心理描写と少しねじれた設定で、現代的な人間関係を的確に描く「新世代の作家」として注目されている。
刊行前に本作のゲラを読んだ書店員からは、「気持ちがわかりすぎて、わしづかみにされた」「読み継がれる恋愛小説」と絶賛の声が寄せられたという。
完璧な夫だった彼は、私を、愛してはいなかった。
三十四歳、結婚して七年、子どもなし。夫には、誰にも言えない秘密がある。
本作は3部構成。妻→夫→妻の視点から語られる。
辻原夫妻は都内の産婦人科に通っている。冒頭、夫の誠太が自宅で精液採取するところがある。精液を調べられることを嫌がる男性が多い中、誠太はそうではなかった。
「彼は口数が少なく、感情が表に出づらくて、常に淡々としているように見える。冷静とも温和とも違う、凪いだ海に似た静けさをまとっている感じだ」
初めてコンドームなしでセックスしたのは3年前、妻の志織が31歳のとき。2人とも子どもを持つことに関心はなかったが、ほしくないわけではなかった。
「三十五歳までには一人目がいたほうがいいよね、という、綿あめみたいな覚悟で始めた子作りだった。けれども、一年が経っても子どもはできなかった」
交際を始めてからの12年間、志織は誠太に傷つけられたことも、口論したこともない。とにかく優しいのだ。誠太との暮らしは「安定した温かさ」に満ちている、と志織は思っていた。
誠太の趣味はカメラで、Instagramには志織の写真が無数に公開されている。ところが、ここ最近は写真を撮らず、インスタも更新されていない。
「いつもは物静かな彼の、熱っぽい視線を受け止めるのが好きだった。(中略)関心をたっぷり注がれることは、愛に似ていた」
志織が「写真、撮る?」と提案すると、誠太は「充電期間」と言って断った。そして「志織、ごめんね」と、なぜか謝罪の言葉を口にした。
志織も誠太も検査で異状は見つかっていない。なのに、子どもができない。このことをのぞいて、「私たちは、どこにでもいる普通の夫婦」のはずだった。
本書の帯にある「完璧な夫だった彼は~」の文言が、意味深でそそられる。「完璧な夫」の「秘密」って? とんでもない裏の顔が? と、そわそわして読み始めた。
誠太の本心がなかなかつかめない。しばらく経ったところで待っていたのは、「普通の夫婦」の「普通」がぐらつく展開だった。
誠太はもう、「愛妻家フォトグラファー」でいることをやめたのか。志織は誠太のスマホをこっそり見た。
すると、インスタのダイレクトメッセージに<夫婦のセックスを見せつけられているようで不快><写真下手すぎ><奥さんブス>と誹謗中傷のコメントが。
「これが、誠太がInstagramから離れた理由」かと思ったところで、1通だけ、誠太が返信しているメッセージがあった。
<自分の人生に奥さんを利用しているんですね。こんなのは本当の愛じゃないです>
<そうかもしれません>
その2週間後、誠太は黙って家を出た。残された便箋に目を走らせた志織は、思わず「はあ?」と素っ頓狂な声を出した。読んでいるこちらも「?」。ここでは、とくに「?」な箇所をのぞいて引用しよう。
「自分は志織にひどいことをした、裏切り者だという気持ちはずっとありました。罪悪感のぶん、志織を幸せにすればいい。そんなふうに考えていました。でも、子どもができなくて苦しむ志織を見ているうちに、このままではいけないことに気づきました」
ある日突然、分かり合っているはずの相手が姿を消したらどうするか。しかも「はあ?」な理由で......。「普通」も「完璧」も、はたから見ているだけでは分からない。本人しか入り込めない領域がある。シンプルに、人と人の関係はこういうものだと気づかされる。
「私たちは、生まれたときには自分の身体の形も把握していない。他人の心の中なんて、簡単には分からなくて当たり前なのかもしれない」
■奥田亜希子さんプロフィール
1983年愛知県生まれ。愛知大学文学部哲学科卒業。2013年『左目に映る星』(「アナザープラネット」を改題)で第37回すばる文学賞を受賞し、デビュー。ほかの著書に『ファミリー・レス』『五つ星をつけてよ』『青春のジョーカー』『愛の色いろ』『愉快な青春が最高の復讐!』『白野真澄はしょうがない』『クレイジー・フォー・ラビット』などがある。
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