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満月の夜、何かが変わる。月をモチーフにした3つの作品。

残月記

 2009年に『増大派に告ぐ』で第21回日本ファンタジーノベル大賞を受賞し、受賞後第一作の『本にだって雄と雌があります』という怪作を2012年に発表後、沈黙していた小田雅久仁さんの待望の第三作が出た。本書『残月記』(双葉社)である。前作の奇想天外ぶりにぶっ飛んでしまったが、9年ぶりの本書も期待を裏切らない作品から成る。

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 「そして月がふりかえる」「月景石」「残月記」という3つの中編が収められている。表題作の「残月記」については後で紹介することにして、もう1編の「そして月がふりかえる」にまず触れたい。もっとも幻想的な作品だ。

 大学教授の大槻高志は7年前に長男が生まれてから、家族そろっての外食を絶やさないようにしていた。その習慣を守るべく、妻の詩織と2人の子どもを連れて外出したある晩、ファミリーレストランでトイレに立ち、小窓から月を見上げた。ぎらぎらとした月だった。トイレですれちがった男は、妙に自分に似ていたが、どこか不快に感じた。

 席に戻ると、まるで時間が止まったようだった。妻に声をかけても反応がない。家族3人の視線の先に月があった。月は回転しているように見えた。「かつて見せたことのない裏側の月世界をさらして、ぴたりと停止した」。

 思わず目をそらすと、現実が騒がしく鳴り響いた。席に着くと、詩織が「その席、うちの主人が座ってるんですけど......」と言う。自分はいったい誰だというのだ。さっきの男が戻ってきた。「体格も自分とほとんど違わないが、服装も髪型も、そして眼鏡までもがまったく似たりよったりだ。それでいて、すべてが少しずつ違う。その少しずつが積み重なり、二人は明らかに別人なのだ」。

 パラレルワールドものの作品は珍しくないが、見上げた満月が契機に入れ替わるというのが不気味だ。別の世界にも大槻の居場所はあり、身に覚えのない女と所帯を持ち、自分はタクシー運転手をしているらしい。大槻は自分の家に忍び込み、詩織と対峙するが......。

 さらに秀逸なオチがあり、ぞっとする。「あちら」の世界が確かに存在するのだとわかる。本作のざらりとした感触と恐怖は、怖い夢を見て、いつまでも忘れられない違和感に似ている。

近未来のディストピア小説

 表題作「残月記」は、近未来を舞台にしたディストピア小説だ。2048年、27歳の主人公、宇野冬芽(とうが)が、大阪市の一時保護施設にいるところから始まる。月昂という感染症がまだあった頃の話だ。月昂を発症すると、インフルエンザに似た症状が出る。激しい初期症状で10人に1人が命を落とす。冬芽は母親を月昂で亡くし、自分もまたつい先日発症したのだった。

 当時の日本は国民党という独裁政党が支配していた。月昂者による暴動や事件が発生したため、感染者を強制隔離する法改正が行われた。月昂者は療養所に収容された。冬芽は剣道経験者だったため、剣闘士になることを勧められ、引き受けた。

 闘士となって戦いつづければ、死亡率が低下する薬が投与される。試合に勝てば、ひと晩、女があてがわれ、30戦こなせば、引退が許されるということだった。

 月昂者は満月の夜、身体能力・生命力が異様なまでに高まる。月昂者に武器を与え、殺し合いを演じさせるという悪趣味な試合を思いついたのは、独裁者として悪名高い首相の下条玄だった。ナチスを連想させる取り巻きらも登場する。

 剣闘士同士の闘いがいささか劇画的に描かれ、冬芽の淡い恋物語も展開する。試合に勝てば、ひと晩ともに過ごすことができる女性のルカが相手だった。彼女も月昂者だった。勝ち進めば、引退し、二人で同じ療養所で余生を送ることを夢見ていた冬芽に思いがけない話が持ち込まれる。

 月昂という感染症を持つ主人公に、ハンセン病に対する実在した差別や新型コロナウイルスを連想する人もいるかもしれない。また、独裁者が支配する近未来の日本に、現下の政治状況を重ね、危惧する人もいるだろう。しかし、そんな底の浅い物語ではない。

 劇画のようなストーリーに挟み込まれる主人公の夢の場面が、リーダブルな展開に棹を差すようだが魅力的だ。荒涼たる月の光景なのか何なのか定かではないが、詩情に満ちている。

 月をモチーフに、まったく異なる想を得た3つの作品を書いた著者に拍手を送りたい。初出を見ると、「小説推理」にそれぞれ2016年2月号、17年7、8月号、19年4~7月号とある。9年間の沈黙の陰で、書き続けていたことを知った。本書は間違いなく、代表作となるだろう。

 本の帯に書評家の豊崎由美氏は「この三つの物語が刻印されてしまったら、もう以前と同じように月を見上げることはできない。決して」と賛辞を寄せている。まったくその通りだと思った。月の持つ魔力、不思議さに満ちた作品群だ。

  • 書名 残月記
  • 監修・編集・著者名小田雅久仁 著
  • 出版社名双葉社
  • 定価1815円(税込)
  • 判型・ページ数四六判・381ページ
  • ISBN9784575244649

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