転職50回以上、50人近い夫と120人以上の交際相手を持ち、奇才か妖婦かと日本中の注目を集めた女性がいた。そんな好奇心で手にしたのが、本書『問題の女 本荘幽蘭伝』(平凡社)である。
本荘幽蘭。今では名前も忘れられているが、100年前の知名度は抜群だったという。明治40年前後の新聞には、その動静が詳しく載っている。仕事も女優、新聞記者、救世軍兵士、喫茶店オーナー、ホテルオーナー、活動弁士、講談師、劇団の座長など数十の職業につき、活動の場も日本、中国、台湾、朝鮮半島、東南アジアと幅広く、人脈も右から左まで顔が広かった。
「元祖モダンガール」「才気煥発、奇才縦横」と評価する声もあったが、「人間の屑」「放縦度のない好色」と罵倒する向きも少なくなかったという。このとらえどころのない振幅の激しかった女性の生涯を追い、本書にまとめたのが平山亜佐子さんである。
幽蘭の生い立ちから晩年までを書いている。ざっと生涯を振り返ると、こうだ。本名は本荘久代。明治12年、大阪市に生まれた。父は弁護士だったが、家族と別居し、久代は福岡県久留米市で育った。15歳になり、姉の代わりに婿をとることになったが、婚約者たちに翻弄される。本人とは無関係に4人の婚約者が登場し、話は雲散霧消する。久留米藩の旧家老筋の5人目の婚約者に無理やり犯され、妊娠するが、男は堕胎を主張。密かに出産するが早産児ですぐに死亡。久代は巣鴨病院に入院する。
退院後、明治女学校に入学する。この頃から幽蘭と名乗るようになったらしい。卒業後、久留米で医師と結婚し、第二子を出産するが、過去の出来事を夫に告白する。夫は慰めてくれたが、身を引く決心をし、子供を背負って東京に出奔する。
上京した幽蘭は、救世軍の兵士、次に新聞記者になる。いくつか転職を繰り返し、読売新聞に入る。明治37年2月20日に、幽蘭女史という署名記事がある。
1カ月で辞めるが、マスコミ業界と顔をつないだ幽蘭は、その後も転職と男性との交際を繰り返す。このあたりから、真面目に経歴を追うのは読者としてもどうでもいいような気になってくる。著者は小見出しを「幽蘭、男たちの海を渡る」「幽蘭、ベルギー人と恋に落ちる」「幽蘭、男たちをちぎっては投げる」「幽蘭、男たちの山を踏破する」と、手を変え品変え工夫しているが、当の幽蘭のマンネリ感は否めない。
こうした男性遍歴が後世に伝わるのは、彼女が肌身離さず持っていた手帳に、今まで関係した男性の名前をすべて記録していたからだ。「錦蘭帳」と呼ばれ、有名だったという。巻末には、平山さんが調査し判明した交際相手の名を「推測 錦蘭帳」として掲載している。約60人挙がっているが、新聞社社長や新聞記者、俳優、小説家、芝居の座長、ヤクザ、国士、外国人商社員、社会主義者......と幅が広い。
こう書くと、男性に依存していた女性のように思われるが、そうではない。上野公園で開かれた博覧会に合わせて、カフェを開いたり、辻占いの豆売りをして歩いたり、高知で活動弁士になったり、中国の大連でホテルを開業したり、劇団を結成して朝鮮半島へ、と実にたくましく、内外を行き来している。
動向が分かるのは、「問題の断髪美人」などと自称し、自ら新聞社にネタを売り込んでいたからだ。だが、大正9、10年あたりから、消息は断片的になり、朝鮮半島や中国大陸に滞在していたらしい。
政財界や満鉄関係者、大陸浪人に無心していただけか、平山さんは「もっと露骨に戦争協力といえるような行為、人を紹介したり情報を提供したりすることで国家の安全保障に繋がるような、いわゆる諜報活動を行っていた可能性はないのか」として、当時の思想や人間関係を整理し、年下の友人が諜報活動を行っていた可能性を示唆している。
戦中どこにいたのかは分からないが、戦後は日本に戻ってきていた。昭和25年に雑誌「キャピタル」に掲載されたのが最後の写真のようだ。「写真には唇を真一文字に結んだ意志の強そうな老女が写る」と、書いているが、本書掲載の写真を見ると、老いてなお妖艶な気が漂っており、ただものではないことがわかる。
平山さんはあとがきに「こんな女性がいたというそれだけの本ではある」と書いている。資料探しが大変だったようだが、足かけ8年、幽蘭を追っていたそうだ。何を考え、何を目指していたのかわからないが、「この不規則なブラウン運動のような生き方、コンテンポラリーな蠢動そのものが幽蘭の本質ではないかという考えに至った」と書いている。
同時代には伊藤野枝のようなアナーキーな女性もいて、野枝には近年、顕彰するような動きもあるが、幽蘭にはない。しかし、平山さんは「何も成していない人の人生は見るに値しないのであろうか」と問題提起している。
平山さんは、挿話収集家、デザイナー。著書に『20世紀破天荒セレブ』(国書刊行会)、『明治大正昭和 不良少女伝』(河出書房新社)などの著書がある。一見とりとめのない幽蘭をともかく1冊にまとめた膂力には感服した。
読み終えて、ふと思った。古い新聞や雑誌記事が残っていたからこそ、幽蘭の足取りはわかった。ネット記事やSNSの記事は100年後残っているだろうか。原理的には電子情報は残るはずだが、果たして......。今誰もが知る有名人の消息は?
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