「これは、性にまつわるあらゆる体験を味わい尽くす『女』の物語――」。
「恋愛小説の名手」と呼ばれる小手鞠(こでまり)るいさんの著書『女性失格』(文藝春秋)は、太宰治の『人間失格』を下敷きに「女の深淵」を照らし出す作品。
装丁の鮮烈な赤が目を引く。手に取ると、「あれ?」と思うだろう。本体のみでカバーがないのだ。小手鞠さんは自身のTwitterに「裸(カバーなし)の衝撃作」と書いている。
「『人間失格』を下敷きに」とあるが、タイトルのほか、たとえば「はしがき」「第一の手記」「第二の手記」「第三の手記」「あとがき」の構成、冒頭の一文「私は、その男(本書では「女」)の写真を三葉、見たことがある」なども一致している。
また、岡山出身、作家志望、進学先は京都の私立大学など、主人公と小手鞠さんの間にも共通点が。これは私小説なのか、いやまさか、などと考えを巡らせながら読んだ。
「私の体が放つ寂しさを、男たちが嗅ぎ当てる 寂しさを消すことができるなら、私は死んでもいい」
3つの手記は、主人公・秋山葉湖(ようこ)が自身の半生を綴ったもの。時代は昭和40、50、60年代。葉湖の少女時代にはじまり、37歳でおわる。
「恥の多い生涯を送ってきました。わたしには、生きるということがどういうことなのか、わからないのです」
これは「第一の手記」の冒頭。葉湖には、「自分が女性であるということに対する、言い知れない不安と恐怖のようなもの」が常にあった。
「葉湖は女の子なんだから、赤がいいわね」「なんて可愛いお嬢ちゃんなんでしょう」。「女の子」「お嬢ちゃん」という呼称に、葉湖は「失望」していた。
「人間はいったい、人間として生まれてきた人間は、いったい、何を以ってして、いつから、どうやって『女の子』になる、いや、ならなければならないのでしょう」
この苦痛を和らげようと、葉湖は苦肉の策を思いつく。それは「可愛い女の子」になること。つまり、「いい子を演じて親の庇護と愛の施しを受けるふり」をすることだった。
「抵抗よりも、従順。これが後年に到り、いよいよわたしのいわゆる『恥の多い生涯』の、重大な原因ともなる性癖のひとつだったように思われます」
美少女で、成績優秀で、いつもにこにこして「可愛い女の子」の葉湖は、中学校で人気者に。すると今度は、「醜い女の子」になることを思いつく。渦巻き眼鏡を掛け、ぶくぶく太り、「女」であることから逃れようとした。
「人間不信ゆえに、わたしは人間嫌いになりました。人間嫌いは、孤独です。(中略)可愛い女の子になっても、醜い女の子になっても、わたしの苦しみは根源のところでは消えることなく、執拗に、わたしの首を絞め上げていました」
このあたりで「第一の手記」はおわる。そして「性の目覚め」「男たちとの共犯関係」「不倫」......と、葉湖の「恥の多い生涯」が続いていく。
個人的には、高2の夏に葉湖が経験した、ある出来事が頭から離れない。
葉湖は自身の可愛さ、優秀さを隠し通しているつもりだった。しかし、クラスメイトの百合絵は「何もかも、わかってたんだよ」と言った。百合絵に体を触られ、甘くささやかれ、葉湖は「みみずになったような気分」になる。
「彼女はわたしの心に、いたずらをしたのです。それは、取り返しのつかない、致命的ないたずらでした。(中略)みみずの喜びを知ってしまった心は、知らなかった心には、戻れないのです」
このとき、百合絵は2つの「予言」をした。そのうちの1つは「葉湖はそのうち、男を泣かす女になるよ」。この予言は当たった。ずいぶん後に、葉湖はこんなことを思う。
「わたしの心が『寂しいの、なんとかして』と、色目ならぬ物欲しげな瞳を駆使して、受動的に、男を付け狙っているわけです。(中略)男に付け込まれるように、狙われるように、心がそういう風に巧みに振る舞っているわけです。これがわたしの本性であるところの『受け身のストーカー』です」
「恥の多い生涯」をたどりながら、葉湖と一緒に「女の深淵」を覗き込んだようだった。あっさりと結論が出るテーマではないからこそ、読後いつまでも余韻が残る。
■小手鞠るいさんプロフィール
1956年岡山県出身。81年第7回サンリオ「詩とメルヘン賞」を受賞し、3冊の詩集を上梓。93年『おとぎ話』で第12回「海燕新人文学賞」を受賞し、作家デビュー。2005年『欲しいのは、あなただけ』で第12回「島清恋愛文学賞」を受賞。09年原作を手がけた絵本『ルウとリンデン 旅とおるすばん』で「ボローニャ国際児童図書賞」を受賞。12年『心の森』が第58回青少年読書感想文コンクール小学校高学年の部の課題図書に選出される。近著に『庭』『今夜もそっとおやすみなさい』『文豪中学生日記』など。
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