お仕事小説(労働小説)の名手で、2019年にドラマ化された『わたし、定時で帰ります。』の著者・朱野帰子(あけの かえるこ)さん。朱野さんが描くもう1つの「長時間労働」は、家事。
24時間、年中無休。誰もが無関係ではいられない。育児・家事を担い直面する孤独――。本書『対岸の家事』(講談社文庫)は、名も終わりもない家事に向き合う専業主婦、兼業主婦、主夫たちをめぐる家族小説。
本作は2018年に講談社より単行本として刊行され、このたび文庫化された。「手を抜いたっていい、休んだっていい」というメッセージに、「そっと背中を押されて元気になる!」と共感する読者が続出。
「大きい風が吹いたのだ。誰のせいでもない。みんな荒ぶる風に嬲(なぶ)られながら正解を探している。正しい暮らしなんてどこにもないのに。ただそこに誰かがやらなければならない炊事や掃除や洗濯があるだけなのに」
主な登場人物を紹介しよう。
詩穂(27)は専業主婦。居酒屋に勤める夫、2歳の娘の3人家族。築40年のマンション暮らし。ママ友を見つけられず、娘と2人きり。
礼子(35)は3歳の息子と生後半年の娘をもつワーキングマザー。詩穂の隣の部屋に住む。夫が家事を手伝ってくれず、風邪を引いても休めない。
達也(30)は1歳の娘をもつ国交省職員。外資系企業に勤める妻に代わり、2年間の育休を取得。家事も育児もスマートにこなすイケダン。
■目次
プロローグ
第一話 専業主婦が絶滅危惧種になった日
第二話 苦手なパパ友
第三話 時流に乗ってどこまでも
第四話 囚われのお姫様
第五話 明るい家族計画
第六話 家のことは私に任せて
第七話 大きな風
エピローグ
文庫版限定付録 うちの奥さん、主婦だけど。
14歳で母を亡くし、高校卒業までの4年間、家事を一手に引き受けていた詩穂。父との生活は悪いことばかりではなかったが、黙って家を出た。夕方の街は主婦たちのたてる音で賑やかだった。そんな夕方がどんな街でもずっと続いていくと、18歳の詩穂は信じていた。
「主婦のいなくなった家で、ぽっかりと空いた穴の縁で、どうか元気で生きていってください。私は私がやる家事をもっと喜んでくれる人をよそに探しに行きます」
「専業主婦はもはや絶滅危惧種である」――。
詩穂にそう言ったのは、児童支援センターの親子教室で隣になった礼子だった。「どんなお仕事してるの?」ときかれ「家事ですけど」と答えると、会話は途切れた。
礼子がほかの母親たちと話しはじめると、「イマドキ、専業主婦になんかなってどうするんだろう」という声が。どうやらみんな育休中のワーキングマザーのようだった。
「専業主婦が絶滅しかかっているなんて思わなかった。(中略)これからは、あの人たちが多数派で、こっちは少数派なのだ。(中略)自分は人生の選択を誤ったのだろうか」
ママ友が見つからない詩穂は、育休中の達也と公園で知り合う。「主婦です」と言うと、「外で働いていない人には時代の趨勢がわからない」と見下された。
詩穂は肩身の狭い思いをするが、性別や立場が違ってもじつは、さまざまな現実に直面して苦しんでいる人たちがいた。
深夜にマンション屋上に吸い寄せられるように登っていき、鉄柵に足を乗せた礼子。専業主婦の母にハンドミキサーで頭を殴られ、滴る血を拭った古い記憶に苛まれる達也......。誰にも頼れず、限界寸前の彼らに寄り添い、詩穂は自分にできることを考えはじめる。
書くと決めてから書き終えるまで、じつに5年。家事は身近だからこそ、書くのが「本当に難しかった」と、朱野さんは書いている。
子どもの頃、世の中は「女性は主婦になるもの」と大合唱しているように感じたというが、それがいまでは「なぜ主婦になったのか」を説明しなければならない時代に。
「大きい風が吹いたんだ、と思いました。だけど、じゃあ、誰が家事をやるんだろう? (中略)そして、マイノリティとなりつつある専業主婦の人たちの労働は、これからどう変化していくのだろう」
本作は1人1人に光を当て、日常をリアルに切り取っている。彼らは悩んで歩み寄って日々を生きている。専業主婦、兼業主婦、主夫。どの目線から読んでもきっと通じるところがあり、元気をもらえるはずだ。
■朱野帰子さんプロフィール
1979年生まれ。2009年『マタタビ潔子の猫魂』(MF文庫ダ・ヴィンチ)で第4回ダ・ヴィンチ文学賞を受賞し、デビュー。既刊に『わたし、定時で帰ります。』(新潮社)、『賢者の石、売ります』(文藝春秋)、『海に降る』(幻冬舎文庫)、『超聴覚者 七川小春 真実への潜入』『駅物語』(ともに講談社文庫)など。近刊に『わたし、定時で帰ります。―ライジング―』(新潮社)がある。
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