「週刊文春」が8月26日発売号(2021年)を最後に電車の中吊り広告を終了したことが、ニュースになった。芸能人の不倫といった軟派な話題から、現職法務大臣の公職選挙法違反、菅義偉首相の長男の総務省への不適切な接待問題など、政財界を揺るがす数々のスクープで、「文春砲」の異名を取る同誌は、約51万7千部(日本雑誌協会調べ)と業界トップの部数を誇る。だが、今回の中吊り廃止は、紙の雑誌から電子版への収益構造の移行を図る同社の経営戦略の一環として行われた。
本書『獲る・守る・稼ぐ 週刊文春「危機突破」リーダー論』(光文社)は、2012年4月から6年間、同誌編集長を務め、「文春砲」と呼ばれる黄金時代を築いた、新谷学さんが、激変期を戦うリーダーの鉄則を説いた本である。
タイトルは「スクープを獲る! 炎上から守る! デジタルで稼ぐ!」という本書のキモから取ったものだ。「週刊文春」が躍進した裏側を知るとともに、ビジネスモデル構築、ブランディング、差別化戦略、危機管理、働き方など、ビジネス書としても有益な内容になっている。
編集長在任中は、表に出ることはなかった新谷さんだが、その後、週刊文春編集局長、そして現在の「月刊文藝春秋」編集長になってからは露出が増えてきた。その理由をこう書いている。
「週刊文春とはどういう理念のもとで、どんな人間たちが作っているのかを誤解がないように世の中に伝えるためには、顔を出して発信したほうがいい。そう感じたから、私は編集局長になって以降、顔を出して取材を受けることにした。目立ちたいだけだろう、出たがりだ、という批判は承知の上でのことだ。週刊文春をよりよく理解してもらうためには、私が進んで広告塔になろうと考えたのだ」
メディアの成功者が書いた本は、「あのとき、自分はこう動いた」とか、一種の自慢話の羅列になりがちだ。本書がそうしたものから無縁なのは、週刊誌という紙の媒体全体が地盤沈下する中で、どうDX(デジタルトランスフォーメーション)を進め、生き残るかという「現在進行形」のことを書いているからだ。
スクープを連発しても販売部数が減り、広告収入が落ち込むようになっていた。新谷さんは、新たな収益源はデジタルしかないと考え、編集長時代から少しずつデジタルシフトを進めてきた。ヤフーへの記事配信に始まり、PVに応じて収入が入るようになった。さらにLINE NEWSなどでスクープ記事のバラ売りを開始。ある不倫スクープだけで数千万円の収益を得るようになった。
2014年には有料メルマガ「週刊文春デジタル」をスタート。週刊文春の発売前日に目玉となるスクープのダイジェスト版を文春オンラインで先出しするとPVは5000万から5億に増えた。
記事や動画をテレビ局に売るようになり、2019年度は1億円を超えた。スクープで稼ぐ仕組みを作ったのだ。
各項目には、「ビジネスの枠を大きく広げる」「収益構造を変えるには、組織を見直す」「社内の軋轢は、数字が癒してくれる」「リーダーは自虐的になるな」「ネガティブな情報ほど迅速に報告させる」など、ビジネス書にありそうな見出しがついている。しかし、具体的に名前を挙げたスクープが背景として書かれているので、滅法面白いし、教訓が頭に入る。
一例を挙げれば、「森友財務相職員全文公開」や「渡部建『テイクアウト不倫』「ベッキーさん禁断愛」「甘利明大臣の金銭授受疑惑」などだ。
しかし、普通のビジネス書と違うのは、根底にメディアとしての倫理が貫かれていることだ。「PV中毒になるな」という項目では、俗情を刺激するようなスクープばかりを追うことを自戒している。
面白いと思ったのは、「書くべきことはリスクを取ってでも書く」の項目だ。スクープを獲るための3条件を挙げ、「本気で狙う、コストをかける、リスクを取る」と書いている。訴訟リスクを恐れ、及び腰のメディアが増える中で、同誌は逆の道を選んだ。徹底的に取材し、ファクトを固めれば、訴訟リスクは回避できる。そうした姿勢から、「黒川検事長の賭けマージャン」などのスクープを獲ったという。
「呆れるほどのコストと腰が抜けるほどのリスクをとると、競争相手の参入への障壁を立てることができる」
『三位一体の経営』(中神康議著、ダイヤモンド社)の一文を引用し、まさに週刊文春がめざすビジネスモデルだと書いている。
新谷さんがどういう人であるかは、かつて同誌編集部に在籍した柳澤健さんの『2016年の週刊文春』(光文社)が活写しているので、関心がある人は合わせて読んでいただきたい。かつての酔っぱらいも海に入り死にかけて、断酒。すっかりリーダーにふさわしい人物になったようだ。
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