わが子が「発達障害」と診断されたら、あなたは、どうしますか――?
8月11日、遠宮にけさんの小説『あなたを愛しているつもりで、私は――。娘は発達障害でした』(宝島社)が発売された。第8回ネット小説大賞受賞作『星に願う~娘は発達障害でした~』を改稿・改題した遠宮さんのデビュー作だ。
本書には、発達障害と診断された娘を持つ母親の悩みと葛藤が克明に描かれている。内容は以下の通り。
深町夕子の娘・七緒には奇妙なこだわりがあり、一方的に話し続け、人とのコミュニケーションがうまくいかない 。普通ではない娘の言動に悩んでいた夕子は、七緒に検診を受けさせる。そこで伝えられたのは「発達障害の傾向がある」ということだった。娘との関係、夫との関係、ママ友との関係、自分の母との関係。"普通"とは違う娘を抱えながら自らの進む道を見つけていく、母親の物語。
メインテーマは発達障害を持つ子どもとの関わりだが、夫やママ友、主人公自身の姉妹や母親との関係も描かれている。監修は発達障害を専門とするスペシャリストの本田秀夫さん(信州大学医学部 子どものこころの発達医学教室 教授)。フィクションながらもていねいな描写で、現実の発達障害についての理解を深められる。
本田さんは、以下のようにコメントを寄せている。
本書は物語として読みやすく、主人公の心の変遷が生き生きと描かれている。しかしこれを単なる小説として終わらせるのではなく、このようなつらい葛藤を体験する人を少しでも減らせるような、社会としての対策のあり方を考える機会としていただければと願う次第である。
特設サイトでは、「プロローグ 空を仰ぐ」の試し読みができる。
ある週末、夫の誠司と娘の七緒と一緒に市内のショッピングモールを訪ねた夕子。買い物を済ませ、フードコートで食事をした後、誠司は「せっかく来たんだし映画でも観て帰らない?」と提案する。しかし夕子は、「子どもとじゃ無理よ」と早く帰ろうと促す。
子どもは大人に合わせて付き合うことはできない。大人が子どもに合わせてやらなければ。独身の頃とは違うのだ。何事もなく無事に一日を終えることができてようやく本当に息がつける。とにかく早くマンションに帰りつきたかった。
「事件」はその時、起こった。誠司が空になった七緒のコップをゴミ箱に捨てたのだ。
「うう、私のコップ!」
「ん、まだ飲みたかった? 注ごうか?」
ああ、これは地雷だ。誠司が地雷を踏んでしまった。
「違う。私のコップ! 私が捨てるコップ、出して!」
七緒は泣き喚き、隣に座っていたおばあさんがなだめようと飴をくれてもその手を払いのけ、コップを返せと駄々をこね続けた。抱き上げてそそくさとフードコートを後にするも、「もう一回、もう一回、戻ってぇ!」と腕の中で暴れる七緒。偶然出会った夕子の妹家族と立ち話をしているとき、夕子の顔に拳を振り下ろして腕から抜け出し、猛スピードで来た道を駆け戻る。すぐに誠司に捕まったものの、エレベーターに乗ると再び「うわあああ、戻って、戻ってええ!」と絶叫。
「......すみません」
にわかに喧しくなったエレベーターで誰に向かってでもなく頭を下げ、祈るように目を閉じた。
娘のかんしゃくを持て余し、周囲の冷たい視線に小さくなりながら、夫や妹家族にも気を遣う夕子の心理が細やかに描かれている。フィクションとは思えないほどリアルで、わが子の似たような言動に悩む親御さんは、「あるある」と共感するに違いない。
著者の遠宮にけさんは、「フィクションだからこそさまざまな人物に気持ちを重ね、子育て期の濃密なとき、自らの子ども時代にダイブできる物語です」と語る。
「ただでも不安な初めての子育て。周囲にモデルを見出すことができない困惑をひとりで抱え込み、もがいた主人公のように、いくつもの思い込みにがんじがらめになって踏ん張っている誰かの、自分を鞭打つ手を緩めるきっかけになれたらと願います」
読者からは、「繊細で脆い夕子という女性は、確実に私の中にも存在しました」「正解は、その子それぞれに違う。(中略)涙なくしては読めません」「作品を拝読してはじめて、発達障害児がどんな困難を抱えていて、家族がどんなことで悩み不安に思うのかに、触れることができました」といった声が届いている。
発達障害と診断されたことはなくても、発語が遅い、じっとしていられない、読み書き計算が苦手...など、ウチの子、「普通」じゃないのでは?と悩んだことのある親御さんは多いだろう。「普通」とは何か、考えさせられる一冊。
■遠宮にけ(とおみや・にけ)さんプロフィール
東京都在住。2020年『星に願う~娘は発達障害でした~』で第8回ネット小説大賞を受賞。 2021年、上記作品を改稿・改題した本作でデビュー。ペンネームは大好きな『ニルスのふしぎな旅』のNilsと、女神像「サモトラケのニケ」のNikeにちなんで、Nilceと書いてにけ。
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