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ヤマザキマリ流「子育て放浪記」。わが子を自立した人間に育てたいなら、この一冊。

ムスコ物語

 フィレンツェ→札幌→ダマスカス(シリア)→リスボン(ポルトガル)→シカゴ→ハワイ→京都......。旅行会社のマニア向け海外ツアーではない。漫画家・ヤマザキマリさんの一人息子、デルスさんが生まれてから大人になるまでの居住地の変遷である。

 ヤマザキマリさん著『ムスコ物語』(幻冬舎)は、自身もシングルマザーに育てられ、17歳で単身イタリアへと留学したヤマザキさんが母になり、息子と暮らした型破りの日々を描いた「ヤマザキマリ流子育て放浪記」だ。

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 27歳で未婚の母となったヤマザキさん。妊娠が判明した時は、フィレンツェでイタリア人の「詩人」の彼氏と同棲してすでに10年が経っていた。お互い貧乏で喧嘩が絶えず、「経済的にも精神的にもあまりに惨憺たる」生活を送っていたヤマザキさんは、子どもを産むべきかどうか悩んだ。しかし、日々成長する胎児の生命力を感じ、「最後までお腹の中にいるつもりなら産もう」と決め、出産に臨む。そして、息子が産声を上げた時、「詩人と別れよう」と決意する。「母は強し」と言うべきか、子どもが生まれても何ら意識の変わらない詩人とは対照的に、ヤマザキさんは「貧しいながらも芸術家を志す、ボヘミアンな生活に終止符を打つべき時が来た」と、現実に目を向け、別の生き方を選ぶ決心をした。

どうせこの子だって大人になったら否が応でも生きる困難と向き合うことは避けられない、だったら彼がせめて子供の時代を過ごす間くらいは、人生は面白いことも楽しいことも嬉しいこともたくさんあるんだっていう見本に、まずは私がならなきゃいけない。

 この言葉に、ヤマザキさんの子育てに対する考え方が凝縮されているように思う。シリアやポルトガルなど、言葉が通じず、文化も生活習慣も何もかもわからないアウェイの土地を、幼い子供を連れて飄々と渡り歩く。そして、「帰属の必然のないアイデンティティ」に囚われず自由を謳歌する生き方を、身をもって息子に示してみせた。

「楽しく生きる」見本は母・リョウコさん

 ヤマザキさんのこうした考え方は、音楽家の母・リョウコさんの影響を強く受けている。彼女もまた、幼い娘2人を抱えて国内外を駆け回っていた。ヤマザキさんにとって、常識に縛られず「楽しく生きる」見本だった。

 イタリアからリョウコさんの住む札幌へ戻ってきて3年目、別の国に移り住みたいと思い始めたヤマザキさんに、リョウコさんは、「行けるものなら、さっさとどこへでも行ったほうがいいよ」と言い、こう助言した。

「世界というものが、見えている範囲だけだと思っていると、いずれたくさん窮屈な思いをすることになる。生活環境も、生き方や信じるものの違う人間もできる限りたくさん見せてあげたほうがいい、あんたに頼らなくてもしっかり生きていけるように」

 デルスさんが6歳の時、ヤマザキさんはイタリア人研究者(当時は20歳の学生だった)と結婚。それを機に、シリアへと移住する。もちろん、葛藤がなかったわけではない。夫の研究費だけでは暮らしていけないし、移住するとなると、自分にできるのは漫画の仕事だけ。それも当時は時々、単発で仕事を受ける程度だった。ヤマザキさんは札幌でイタリア語のスキルを活かし、NGOの事務局で働いていた。その縁でローカルテレビや新聞社からの仕事が舞い込み、イタリア料理を作るコーナーを担当したことも。さらには大学のイタリア語講師を3校かけ持つなど何足もの草鞋を履いて息子を養っていた。

 経済的な懸念もさることながら、小学校のお別れ会で友だちにもらったという寄せ書きを見たとたん、「ちょっとした罪悪感に見舞われた」というヤマザキさん。「予定調和などとは全く無縁な、私の遊牧民的な気質をこの子に一方的に押し付けることが果たして正しいのか、その時になって突然わからなくなってしまった」と明かしている。

世界の何処であろうと生きていける

 本書は時系列ではなく、ハワイ、札幌、ダマスカス、沖縄、キューバ、リスボン、シカゴ......と、息子と過ごした土地での思い出が、随想的に綴られている。デルスさんがいじめにあったり、差別を受けたり、不条理なこともたくさん経験したが、どんな時も息子の味方になり、時には息子の力を借りて、乗り越えてきた。

 「第十八話 思い通りにならない」の一文を読み、息子を持つ母としてハッとさせられた。

私が思うに、子育てに欠かしてならないのは、たとえ子どもに対してどんな理想が芽生えようとも、あらゆることが未来では起こりうるという覚悟を備え持つことと、母親という立場からいったん離れて、自分の力で自らを満たす術を持たねばならないということではないだろうか。

 子育てとは、自身が成長することであり、一人の人間として人生を謳歌することにほかならない。そんなメッセージを受け取った。

 最後に、息子・デルスさんがあとがきにかえて寄せた「ハハ物語」から、ヤマザキマリ流子育てが、大きな実を結んだことがわかる一節を紹介しよう。

息子にとってこの世で誰よりも理不尽でありながらも、お人好しなほど優しい人間、ヤマザキマリ。そんな母のおかげで国境のない生き方を身につけられた私は、おかげさまでこれから先も、たったひとりきりになったとしても、世界の何処であろうと生きていけるだろう。

■ヤマザキマリさんプロフィール

漫画家・文筆家。1967年東京都出身。84年にイタリアに渡り、フィレンツェの国立アカデミア美術学院で美術史・油絵を専攻。比較文学研究者のイタリア人との結婚を機に、エジプト、シリア、ポルトガル、アメリカなどの国々に暮らす。2010年に『テルマエ・ロマエ』で第3回マンガ大賞、第14回手塚治虫文化賞短編賞受賞。15年度芸術選奨文部科学大臣新人賞受賞。17年にイタリア共和国星勲章コメンタドーレ授章。21年に第1回兼高かおる賞受賞。東京造形大学客員教授。『プリニウス』(とり・みきと共作)、『オリンピア・キュクロス』、『国境のない生き方』、『ヴィオラ母さん』など著書多数。


※画像提供:幻冬舎


  • 書名 ムスコ物語
  • 監修・編集・著者名ヤマザキマリ 著 
  • 出版社名幻冬舎
  • 出版年月日2021年8月 4日
  • 定価1,650円(税込)
  • ISBN9784344038196

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