捨てたものの量は、なんとトラック7台分。「ああ、これでいつでも死ねる――」。中村メイコさんはガランとした部屋に立ち、そう思ったという。
本書『大事なものから捨てなさい メイコ流 笑って死ぬための33のヒント』(講談社)は、中村さんが87歳で行き着いた「身軽で愉快な暮らし」を綴ったもの。誰にも漏らさずにきた胸の内、本邦初公開の写真やエピソードが満載だ。
「ものにとらわれる人生をやめたことで、人生がぐっと身軽になったのだ。そもそも年老いた心に、たくさんの思い出を詰め込んで生きることはできない。過去にすがりつく気持ちを断ち切って初めて、前に進める」
「ごめんなさい、ごめんなさい。でも、『お別れ時』が来たの」――。昭和の喜劇スター「エノケン」こと榎本健一さんからもらったキューピー人形は、中村さんの「宝物」だった。
2歳8ヵ月で芸能界デビューした中村さんには、同世代の友人がほとんどいなかった。代わりに、榎本さん、古川ロッパさん、徳川夢声さんという昭和の大スターが相手をしてくれ、さまざまなおもちゃをくれた。
このキューピー人形は、戦時中、奈良に疎開したときも持っていた。「少女スター」と呼ばれるようになり、プライベートでは23歳で結婚し、娘2人と息子1人の母親に。その間に何度も引っ越したが、決して手離さなかった。
しかし、80歳のときに転機が訪れる。この先の人生を考え、それまで住んでいた「敷地三百坪の地上二階、地下一階という体育館のような豪邸」から、マンションへ引っ越すことに決めたのだ。
「体育館のような豪邸」には、膨大な量の洋服、台本、写真、作曲家の夫が使う楽器、来客用の食器、ワイン......と、ものがたまりすぎていた。さて、中村さんはどうしたか。
「最も捨てにくいものから捨てることにした。自分にとって大事なものでも、残された子どもには処分に困るような『宝物』から減らし始めたのだ」
そこで中村さんが考えたのが、「お別れ時」という言葉だった。
評者は読んでいて、自分のものでもないのに「もったいない!」と言い、捨てるのを阻止したくなった。しかし当のご本人は、「ものがなくたって、思い出が消え去るわけではないのだ」と潔い。
大事なものを真っ先に手放した効果は絶大だった。たいていのものは躊躇せず手放すことができ、冒頭の「ああ、これでいつでも死ねる」心境に達したという。
中村さんは85歳のとき、転んで股関節を骨折。手術後は以前のように「ちゃかちゃか」動くことができず、気分も落ち込んだそうだが......。
「ものとの『お別れ時』があるように、健康な身体を諦めなければならないときだって来る。今の自分には、それがよく分かっている」
本書は「第1部 ものを捨てたら、身軽な暮らしが待っていた」「第2部 頑張らない、我慢しない、気楽に日々を送るコツ」「第3部 大切な家族とも、距離をとって生きる」「第4部 『老いの常識』にとらわれず、自由に死んでいく」の構成。
33のヒントから、ここでは「結婚五十年、夫婦が辿り着いた程よい距離感」を紹介しよう。中村さんが夫と一緒にいる時間は、1日3時間にも満たないという。「しかし、これくらいで十分だ」。
夫と出会ったのは、18歳のとき。スターに囲まれて育った中村さんにとって、夫は「普通の人」だった。だからこそ、一緒にいて落ち着く人でもあった。
60年以上経った今、互いに期待することもなくなりつつあり、だんだんと、いい意味での「距離のとり方」を学んだという。夫の浮気を疑ったことも離婚を考えたことも、なかったわけではないが......。
「若い頃のようにお互いのことを思い合う必要なんてないのだ。それならつかず離れず、バラバラに暮らしながら、一緒にいればいい」
このほか、唯一の「親友」だった美空ひばりさんが自宅に泊まりに来た、妊娠中に銀座でばったり黒柳徹子さんに遭遇した......など、貴重な面白エピソードがザクザク出てくる。
全体をとおして、身軽で愉快な中村さんの生き方に、こちらも明るい気分になってくる。
「私は喜劇役者だ。世の中が変わったって、大事なものを手放したって、『今度はこんな役なのね』とまずは演じてみる。そして最後は、すっきり笑って死んでいく。ただそれだけだ」
■中村メイコさんプロフィール
本名は神津五月(こうづ・さつき)。1934年、作家・中村正常の長女として東京に生まれる。2歳8ヵ月のとき映画『江戸っ子健ちゃん』のフクちゃん役でデビュー。以後、女優として映画、テレビ、舞台などで幅広く活躍。57年、作曲家・神津善行氏と結婚。カンナ、ハヅキ、善之介の1男2女をもうけ、「神津ファミリー」としても親しまれる。『87歳と85歳の夫婦 甘やかさない、ボケさせない』(共著、幻冬舎)など著書多数。
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