万城目学さんといえば『鴨川ホルモー』『鹿おとこあをによし』など、関西を舞台にした一見、荒唐無稽とも思えるスケールの大きい「ホラ話」で世に出た小説家だ。本作『ヒトコブラクダ層ぜっと 上』(幻冬舎)では、さらに海外を舞台にスケールアップした。「ありえないほど壮大×呆れるほど予測不能」という本の惹句に偽りはない。
榎戸梵天、梵地、梵人という三つ子の物語である。彼らが3歳のときに隕石が落下し、両親が亡くなった。伯父に引き取られ、小学校卒業までいたが、中学校入学とともに独立した。長男の梵天が学校以外の時間をほとんど働くことに費やし、生活を支えた。「恐竜の化石を発掘する」という夢を持ち、工務店で働いていた。
次男の梵地は成績に優れ、京都の大学、大学院に進み、考古学を専攻。三男の梵人はスポーツに優れ、強豪校に推薦で入ったが、ひざを怪我して退部。その後は放浪生活を送っていた。そんな彼らが24歳になった。
そうした事情はおいおい明らかになるが、物語は冒頭、東京・銀座の貴金属店に窃盗団が侵入したところから始まる。被害総額は5億円。そのうち1億5000万円が実行犯の榎戸三兄弟の懐に入った。
「なんだ。泥棒の話か」と反感を持たれないように、作者は周到に準備している。その3年前のこと。オリンピックの開会式の後、通訳ボランティアに励んでいるはずの梵地が、突然、泥棒をやってみないか、と二人に持ち掛ける。その夜、3人の特別な才能が明らかになったからだ。梵天は3秒だけ透視できる。また、梵人は3秒だけ未来を知覚できる。梵地は外国語の意味をリアルタイムで理解することができる。
通訳ボランティアで出会ったフィリピン人の留学生の知り合いの女性が、パスポートを取り上げられて困っているという。人助けのため、3人は協力して店に忍び込み、30冊のパスポートを盗み出し、持ち主に返した。
これきりのはずが、銀座の一件を含め、計九度の泥棒を成功させる。その過程で、3人の才能に磨きがかかる。
役割を分担し、外国人の人助け、と泥棒を続けてきた兄弟に転機が訪れる。来日したイラク企業の役員にアラビア語の通訳として同行した梵地は、ふとしたことからティラノサウルスの化石を手に入れ、化石マニアの梵天に渡す。
化石が出た山を丸ごと買い取り、発掘するため、梵天は徹頭徹尾、私利私欲のためだけに泥棒をしようと二人に提案する。そして、これが最後だと。父のように二人を育ててきた梵天の願いを兄弟が断るはずもない。そして実行されたのが、冒頭の貴金属店の犯行だった。
山を買い取り、いざ化石探しと張り切っていた3人の前に、リムジンに乗った一団が現れ、中からはライオンを従えた美女が登場する。自分の指示に従わなければ、3人の犯行をばらすという。従えば、彼らの望みをかなえるとも。まずは自衛隊に入り、体を鍛えろという指示だった。
入隊した彼らは不思議な力に操られるように、PKO部隊の一員としてイラクに派遣される。3人を取材したいという現地メディアの依頼で、宿営地を出た彼らは何者かに拉致される。そして、待ち受けていたのは砂漠の底に潜む巨大な秘密だった。脱出のため、彼らは「特技」を使い、奮闘するが......。
物語の下敷きには、紀元前3000年頃、メソポタミア南部に都市国家を建て、楔形文字や法典などをつくったシュメール文明がある。高度な文明をつくったシュメール人はその後歴史から消滅する。それはなぜなのか?
万城目さんは、ある仮説を建てた。その壮大な「ホラ話」が本作ということになる。誰が敵で、誰が味方なのか? 誰が生きていて、誰が死んでいるのか? 読み進むうちに混乱と混沌の渦の中に巻き込まれていく。
ところで、タイトルの「ヒトコブラクダ層」とは何なのか? 「ぜっと」とは何なのか? ネタバレになるので書けないが、戦闘シーンが登場する下巻は、ある種の仮想空間がもたらす閉塞感に満ちている。何に似ているかと言うと、ゲームの空間だ。最後に種明かしがされるが、途中の記述は悪夢のようで、迫力がある。
拉致された3人には自衛隊の上官として、女性の銀亀三尉が同行していた。バビロニア神話の「ギルガメッシュ」を連想させる彼女の言動が、笑いを取るだろう。絶体絶命の危機に際しても武器の使用を禁じていた彼女は、ある決定的な場面で自ら武器を取る。射撃の選手としてオリンピック出場を目指していたという彼女の逸話が、五輪開催に湧いていた当時の雰囲気を思い出させる。
本書は「小説幻冬」に、2017年11月号から2021年3月号に3回に分けて連載されたものに、加筆・修正したものだ。オリンピックのボランティア通訳として梵地が活動していた記述などは、その後のコロナ禍で実情にそぐわないものになっているが、これは仕方のないことだろう。刊行がオリンピックに間に合い、版元はほっとしているのではないかと思う。広げに広げた大風呂敷が、ともかく回収されたのだから。それくらい壮大な「ホラ話」である。
BOOKウォッチでは、万城目さんの青春エッセー『べらぼうくん』(文藝春秋)のほか、同じ「京大マジカル派」の森見登美彦さんの小説『四畳半タイムマシンブルース』(株式会社KADOKAWA)、『熱帯』(文藝春秋)などを紹介済みだ。
当サイトご覧の皆様!
おすすめの本を教えてください。
本のリクエスト承ります!
広告掲載をお考えの皆様!
BOOKウォッチで
「ホン」「モノ」「コト」の
PRしてみませんか?