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「中国のキャパ」と呼ばれた男

新新思潮

 中国人民解放軍の前身、八路軍初の従軍カメラマン沙飛(しゃ・ふぇい)は「中国のキャパ」と呼ばれていた。ロバート・キャパはスペイン内戦で撮影した「崩れ落ちる兵士」が写真誌『ライフ』に掲載されて有名となり、その後も戦争を取材し続けた戦場カメラマンである。沙飛は後で紹介する出来事によって、ああ、あの人かと日本でも知られた人物である。悲劇のカメラマンでもある。その実像を追って取材したノンフィクション、2021年月に創刊発行された同人誌「新新思潮」(編集発行・新新思潮社)に掲載されている。筆者は中国専門のジャーナリスト、加藤千洋氏である。

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序幕

 中国河北省の省都、石家荘市は人口1千万人を超す大都市だが、前世紀初頭までは10数戸の小さな村だったという。第二次大戦が終わって間もなくの1950年3月4日、その郊外で沙飛は銃殺処刑された。


1景

 さかのぼって1936年10月、上海で開かれた全国木版画巡回展覧会の会場。そこへ中国近代文学の父と称される文豪魯迅(ろじん)が現れる。若い木版画作家たちと語り合う。魯迅は木版画の支援者でもあった。その様子を撮影したのが沙飛である。この数日後に魯迅は病に倒れて死去、沙飛の撮った写真は魯迅の最後の肖像となった。教科書にも使用された有名な写真である。著者はこの会場の今を訪ね、魯迅が通った内山書店の足跡を取材する。書店主の内山完造は戦前の上海で著名な日本人の一人だった。

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2景

 沙飛にはもう一枚の有名な写真「将軍と日本人孤児」がある。1980年5月、人民解放軍の将軍が40年前に戦場で日本人の姉妹2人を助けたという記事が中国から配信された。将軍が従軍カメラマン沙飛に撮らせた写真である。

 この「美談」は日本で大きく報道され、写真の孤児探しが始まる。そして写真の女性が宮崎県にいることがわかる。筆者は、彼女が祖母などから聞かされていた話を取材している。その後、彼女は中国からの招待で北京を訪ね、その将軍と対面した。筆者は2005年に、彼女を助け出したという老兵からも当時の様子を詳しく取材している。将軍がその時の様子を書いた手紙があり、沙飛が撮影して残っていた。

3景

 1949年12月、沙飛は入院先の病院で担当の日本人医師を銃で殺害する事件を起こした。序景の処刑はその罪によってだった。病院には戦後も残った日本人医師らのスタッフと家族が100人近くいたという。筆者は、沙飛はその中に日本人特務がいるとの妄想を抱いていたとの証言があると書いている。


終幕

 2008年、日本で沙飛の写真展が開かれた。沙飛の娘さんが招かれた。娘さんがぜひ会いたいといったのは、父が殺めてしまった日本人医師の遺族である。その長女は日中医学交流協会の役員も務めるが展覧会場の足を運ぶ気持ちにはなれなかったという。そして、2015年に長女は北京で開かれた国際シンポジウムに出席する。一人の女性が歩み寄って長女の手を握った。
「うらみの感情などはありません。でも完全にすっきりしたともいえません。これはごく基本的な人間の感情だと思っています」と筆者に語っている。

 筆者はこう締めくくっている。

「国と国の間でも、人と人の間でも、『謝罪』『和解』の言葉や握手があっても、それで過去のすべてを消し去れるかというと、必ずしもそうではないのだ」

 筆者の加藤千洋氏は朝日新聞社で長らく中国を書いてきたジャーナリストである。その後、京都の同志社大学で教授として中国の文化を講じていた。世間が広く彼のことを知っているのはテレビ朝日の報道ステーションでコメンテーターとしておなじみの加藤氏である。新聞記者の記事というよりテレビの映像表現を感じさせる。細かい描写、証言をつないで目に浮かぶような情景をつないで話を進める。歴史上の著名人が続々登場、視聴者を誘い込む。

 「新思潮」は1907年明治40年に小山内薫らが創刊し、学校教科書にも登場する名門同人誌である。その後も何回も新創刊が重ねられている。今回は新思潮の上に新を重ねて新創刊としている。故高見順氏の弟子と称する稲垣真美氏(95)が編集責任者、同氏は若いころに直木賞候補にも選ばれている。巻頭に創作「美の教室界隈」を書いている。


※撮影:BOOKウォッチ編集部

  • 書名 新新思潮
  • 出版社名新新思潮社
  • 出版年月日2021年4月12日
  • 定価1,000円(税込)
  • 備考問い合わせ先:03-5906-5661 または masami-bungaku@sando.ocn.ne.jp

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