3月21日(2021年)に新型コロナウイルスの首都圏における緊急事態宣言の解除が検討されている。昨年の1回目の緊急事態宣言時に比べて、新規感染者数は多いが、何となく社会の対応は落ち着いているように見える。本書『専門医が教える新型コロナ・感染症の本当の話』(幻冬舎)は、日本で最も早い時期から新型コロナウイルスの治療にあたってきた、国立国際医療センター国際感染症センターの医師・忽那賢志さんの本だ。テレビによく出る髭のお医者さんと言えば、思い出す人も多いだろう。新型コロナウイルスを含めた感染症について、わかりやすく解説している。
忽那さんは2004年、山口大学医学部卒。12年から国立国際医療センターに勤務。18年から同センター国際感染症対策室医長を務めている。「史上もっとも多く感染症法に定められた感染症を届け出た感染症医」を自称。「Yahoo!ニュース」にも新型コロナウイルス感染症について多くの記事を執筆してきた。
20年1月29日から中国・武漢から在留邦人がチャーター便で帰国すると、PCR検査を担当。2月に「ダイヤモンド・プリンセス号」で集団感染が発生すると治療にあたった。以来、1年以上にわたり治療に専念してきた忽那さんが思うのは、「新型コロナについてだけでなく、感染症のことをもっと知ってほしい」ということだ。
本書ももちろん、新型コロナウイルスについて詳しく書いているが、類書としては珍しく、日常の中の感染症について手厚く触れている。
最初に取り上げているのが「かぜ」だ。かぜが感染症だと思っていない人も多いだろう。からだを冷やすとかぜをひく、と単純に考えている年配の人もいるようだ。かぜは鼻やのどに炎症を起こす病原体による症状の総称で、ライノウイルスをはじめ原因となるウイルスは数百種類あるという。
病原体の数がそれほど多いので、「かぜに効くワクチン」は開発されず、あらゆるかぜに対応するのは困難だ。もっともかぜはそれほど重症化せず、死ぬこともほとんどないので、治療法が進歩しないのもやむを得ないそうだ。患者の免疫がウイルスに勝つのを待つしかないという。
以下、インフルエンザ、ノロウイルスによる感染性胃腸炎、麻疹(はしか)、風疹、水ぼうそう、おたふくかぜ、結核、日本脳炎、マラリア、デング熱、ダニが媒介する感染症、ペスト、梅毒などの性感染症と解説。次の章で、エボラ出血熱、エイズ(後天性免疫不全症候群)など新興感染症を取り上げている。
なぜ、新興感染症は発生するのか? それらの病原体となるウイルスや細菌は突如、現れた訳ではなく、コウモリなどの野性生物がもともと保有していた。森林開発など環境が変わり、人間との距離が近づき、それまで知らなかった病原体に接触する機会が増えたから、新興感染症が注目されるようになった。
1981年に発生し、一時は「不治の病」と恐れられたエイズだが、現在は治療薬が開発され、完治するわけではないが、HIV(ヒト免疫不全ウイルス)をゼロに近いレベルまで減らすことができるという。
さて、第4章以下でようやく新型コロナウイルスが登場する。最初は簡単におさらいから始まる。旧型コロナウイルスももちろん存在し、昔から4種類が知られ、その4種類のヒトコロナウイルスだけで、かぜの原因の10~30%を占める。
それに加え、SARSコロナウイルス、MERSコロナウイルスが21世紀になり発見された。前者はコウモリからハクビシン、後者はコウモリからヒトコブラクダを経て、ヒトに感染したと見られるが、新型コロナウイルスの宿主動物はまだわかっていない。遺伝子的にはコウモリの持つコロナウイルスに近いという。
新型コロナウイルスの基本再生産数は2~3.5で、インフルエンザの1.4~4とあまり変わりがない。しかし、新型コロナウイルスには「感染者が発症する前後に他人にうつりやすい」という特徴があるそうだ。
呼吸器系の感染症は、発症してからが感染性のピークというのが常識だったから、忽那さんは最初信じられなかったという。発症前の人は自分が感染したとは思っていない。だから無症状の人でも全員が、マスクを着用することが有効な対策になった。
治療法、ワクチンについても書いている。すでに知られていることも多いが、変異株とくに南アフリカ変異株、ブラジル変異株に対して、抗体が無効である可能性がある、としているのが気になった。ワクチンが効かなくなるのか十分なデータはないが、水際対策の重要性を指摘している。
対策だが、手洗いのほか、マスクの効果を挙げている。「小さなウイルスはマスクを通り抜けるから感染は防げない」と言う話もよく聞かれたが、科学的にマスクの効果は明らかになったという。またマスクの表面は徐々に汚染されるので、こまめな交換を呼びかけている。
ワクチンはかなりの効果が期待される。副反応があっても安全性に問題はないので、接種の判断は個人にゆだねられているが、忽那さんは重症化リスクの高い「男性・高血圧・肥満」の三冠王なので、たとえ泣くほど痛くても打つつもりだそうだ。
最後に「社会問題としての新型コロナ」の章で、「全員にPCR検査」にはどんな問題があるか、を論じている。もし全員検査を実行したとすると、ほとんど感染の疑いのない人たちを大量に対象にするので、見かけ上の検査陽性率は下がるが、だからと言って、流行が抑制できているとは言えない、と書いている。
第2波では第1波より致命率が下がった。忽那さんは抗ウイルス剤のレムデシビルと抗炎症剤のデキサメタゾンが中等症~重症例で使われ、救命率が高まっていると見ている。
今後、緊急事態宣言が解除されても、医療体制の厳しい状況は変わらず、第4波、第5波が来ない保証はないという。今後も一人ひとりが覚悟を決め、感染対策を徹底し、できるだけ自粛を続けていくしかない、と結んでいる。
だが、新型コロナ対策の最前線にいる忽那さんがようやく本を書いたことに、評者は一筋の光明を感じた。本当に大変な事態なら、本を書く余裕などないだろう。そう思うのは、うがちすぎだろうか。
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