「早寝早起きは健康に良い」とはよく言われるが、実は科学的根拠に乏しい「思い込み」である――そう指摘するのは、世界の睡眠医学を牽引するスタンフォード大学の睡眠研究所で34年間睡眠研究に従事してきた西野精治さん。2017年にベストセラーとなった『スタンフォード式最高の睡眠』(サンマーク出版)の著者だ。
「早起きは三文の得(徳)」誰もが知っていることわざです。果たして医学的根拠はあるのでしょうか? 結論からいうと、あまりありません。
このように、なんとなく信じていても、医学的に見れば根拠に乏しく、間違った思い込みはたくさんあります。特に睡眠というのは、医学界全体から見るとまだまだ新しい分野であり、知られていないことがたくさんあります。
コロナ禍で定着したリモートワークやテクノロジーの変化で睡眠の形も変化している。一方で、いまだ日本人の睡眠は質・量ともに世界最低レベルにとどまったまま。睡眠不足による経済損失では世界ワースト1位だ。西野さんはそうした現状をふまえ、新著『スタンフォードの眠れる教室』(幻冬舎)を上梓。今回は、最高の睡眠をとるための基礎知識をおさらいすると同時に、新型コロナをはじめとするウイルス感染症と睡眠の関係についても、最新研究を交えて紹介している。
西野さんによると、近年、アメリカで949人の成人男子を対象に行われた疫学調査では、早寝早起きは「健康(死亡率)、富(年収)、賢さ(最終学歴・就学年数)に影響を与えない」という結果が出たという。「早寝早起きが健康にいい」説の根拠となる医学的知見は見当たらなかったのだ。
「睡眠負債」という言葉は、今やすっかり定着しているが、自分がどのくらい「負債」を抱えているか分かっている人は少ないだろう。
西野さんいわく、睡眠負債は単に「眠りが足りない」という問題ではなく、睡眠不足による脳と体へのダメージは、あたかも借金のようにどんどんたまっていくという。月単位・年単位でたまっていくと、簡単には返済できない。
睡眠負債がどのくらいたまっているのか、正確に知るには本格的な実験が必要だが、西野さんは目安として、「予定のない休日に、平日の平均睡眠時間よりどれくらい長く寝ているか」を調べることを勧めている。
〇平日の平均より30分から1時間長く寝た人:青信号。さほど睡眠負債はありません。
〇90分以上長く寝た人:黄色信号。やや睡眠負債があるといえます。
〇2時間以上長く寝た人:赤信号。慢性的な睡眠不足。睡眠負債はかなりたまっているので早めに対策を講じましょう。
睡眠の量とともに大切なのが、質だ。どれだけたくさん寝ても寝足りないのは、質が悪いからかもしれない。
日中に、次のような自覚症状が1つでもあれば、要注意だ。
1.朝の寝覚めが悪い
2.寝ても疲れが取れていない気がする
3.日中、ぼんやりして集中できない
4.イライラしがち
5.昼間や夕方に眠くなる。
......思い当たることがある人も多いのではないだろうか。西野さんは、「質の悪い睡眠は、汚れた皿で食事を続けるようなもの」だと言う。睡眠中には脳の老廃物が取り除かれることがわかっている。認知症の一つ、アルツハイマーの原因とされるアミロイドβという物質も、眠らないとそのまま脳内に残り、病変を引き起こし、脳を委縮させるというから、いかに睡眠の質が大切かがわかるだろう。
本書にはほかにも、「睡眠薬を使ってもいい?」「眠りたいのにどうしても眠れません。いっそ寝ないほうがいい?」「子どもの睡眠不足は、学力低下に影響する?」「高齢の親が超早起きで困っている」など、眠りに関する疑問に西野さんが答えるかたちで、最高の眠りを手にするためのノウハウが紹介されている。さらに、スリープテックなど最新のテクノロジーも合わせた、モーニング・ナイトルーティンの提案など、実践的なアドバイスも。
本書の目次は以下の通りだ。
身近な睡眠の悩みを科学的エビデンスやデータから解決する、約50のQ&Aを掲載!
0時間目:オリエンテーション あなたの睡眠負債はどのくらい?
1時間目:寝られなくても大丈夫!「黄金の90分を制す」授業
2時間目:まずはここから!「心地よい入眠」の授業
3時間目:日中の生産性を上げる!「快適な目覚め」の授業
4時間目:それでも眠い?「眠気を消す日中の過ごし方」の授業
5時間目:睡眠で上げる!「生活の質」の授業
6時間目:「子どもと家族の眠り」の授業
リモートワークでついつい生活が乱れてしまい、目覚めが悪い方も多いだろう。生産性を上げて毎日を充実させるためにも、まずは睡眠を見直そう。
■西野 精治(にしの せいじ)さんプロフィール
スタンフォード大学医学部精神科教授、同大学睡眠生体リズム研究所所長、株式会社ブレインスリープ 創業者 兼 最高研究顧問。 医師、医学博士、認定資格 精神保健指定医、日本睡眠学会専門医、産業医
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