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「2万枚」の内部資料を入手、福島原発と甲状腺がんの「闇」に切り込む

福島が沈黙した日

 東日本大震災から10年、関連書の出版が相次いでいる。その中でも最大級の労作と言えるのが本書『福島が沈黙した日』(集英社新書)だ。副題に「原発事故と甲状腺被ばく」とあるように、放射線と健康被害の関係に切り込んでいる。

 福島では甲状腺異常者が少なくないとされているが、原発事故と関係があるのではないか――情報公開で収集したざっと2万枚の資料を基に、約50人の関係者に取材を積み重ね、隠された真相に迫る。

全国水準よりも多い

 原発事故の後、福島県は「県民健康調査」で18歳以下の約40万人を対象に甲状腺がんの有無を調べている。本書によれば、「がんやその疑い」と公表された人は、2018年に200人を超えた。専門家による検討委員会は、16年3月の段階で、「過去の全国的な水準から推定される人数よりも数十倍のオーダーで多く見つかっている」と分析しているという。

 1986年にチェルノブイリで起きた原発事故では、被災した子どもたちの間で甲状腺がんが多発したとされる。それだけに気になるデータだ。

 「被ばく」には、体の外から放射線を受ける「外部被ばく」と、体の中に放射性物質を取り込み、体の内側が放射線にさらされる「内部被ばく」がある。

 甲状腺の内部被ばくは、放射性ヨウ素という物質によってもたらされる。気化しやすく、事故の時に放出される可能性が高い物質だ。空気中を漂っている放射性ヨウ素を吸い込んだり、水などに交じったものを口にしたりすると、体内に取り込まれる。

 放射性ヨウ素はのどにある甲状腺に集まる性質があり、放射線を出して被ばくさせる。その結果、甲状腺がんに見舞われる。

1080人を調査

 素人考えでは、福島の原発事故→その後、全国水準よりも多い甲状腺がん、という因果関係から、事故によって甲状腺がんが増えたのではないか、と推測しがちだ。ところが、国や県はそうした見方を否定しているのだという。

 根拠となっているのが、事故から2週間ほどたった11年3月24日から30日にかけて福島で行われた、政府による「甲状腺内部被ばく」調査だ。県民1080人がこの検査を受けた。のどに測定器を当て、甲状腺から出る放射線の状況を調べている。その結論は「被ばくの程度はそれほどでもない」「被ばくによる健康被害は考えにくい」。

 この検査結果が後々まで重視され、「今見つかるがんと被ばくの関連は考えにくい」、がんが多く見つかるのは「自覚症状がない人も幅広く検査したため」などと説明されているそうだ。

 本書の著者、榊原崇仁さんは1976年、愛知県生まれ。京都大学大学院教育学研究科修了。中日新聞社に入社し、13年8月から東京本社(東京新聞)特別報道部などに勤務、原発取材を続けている。

 榊原さんは、上記の「公式見解」を納得していない。チェルノブイリ事故では30万人以上が測定を受けたというのに、福島ではなぜ1080人なのか。測定の対象となったのが、なぜ第一原発から北西や南に30キロ以上離れた地域の人だったのか。多くの地域の人を測定しなかったのはなぜなのか。原発の近くから避難した人を測らずに済ませたのはなぜなのか。

 これらの「なぜ」を解明するために榊原さんが選んだ取材方法が「情報公開」だ。

「ヤクザ時代の話ですか」

 多数の公的組織を相手に、長期にわたって執拗に開示請求を続けた。事故後に100近い原発関連の会議が開かれた福島県立医大からは、数千枚の内部文書を入手した。「緊急被ばく医療体制の中心機関」とされていた専門機関「放射線医学総合研究所」(放医研、千葉市稲毛区)からは約1万枚の文書。「朝の対策本部会議メモ」には特に目を引く記述が多かった。

 これらの大量の資料を丹念に読み込み、疑問点を関係者にただす。事故当時は責任ある立場だったのに、取材に応じない人もいた。あるいは、電話で取材を申し込むと、「悪事を暴くんでしょ・・・(今は)全然違う分野に転職しているし、もう縁遠いところにいます。足抜けしたのにヤクザ時代の話ですか」と反発する人もいた。中には、当時の対応に疑問を持ち、率直に話す人もいた。本書は基本的にすべて実名。後世の資料としても有益だ。

 取材に応じた政府側の関係者の言い分や反論も掲載されている。なぜ不十分と思われる調査しかできなかったのか、という大きな疑問に対しては、「後からはなんぼでも言えますよ。あの時間でやるにはあれしかなかった」というのが当事者の弁明だ。

 放射性ヨウ素は「半減期」が8日と短い。どんどん消えている時期の調査でもあった。「スタートが遅かった。中央も混乱していて、少し落ち着いて、やろうとなったのがあのタイミングだった」とも。

探すことができなかった

 改めて時系列で振り返ると、2011年3月11日、地震発生。12日午前5時44分、第一原発の10キロ圏に避難指示。午後3時36分、爆発。午後6時25分には20キロ圏に避難指示。14日と15日にも爆発。24日から、甲状腺被ばく測定という流れだ。

 第一原発から北西や南に30キロ以上離れた地区の住民が調査対象になったのは、当時、「SPEEDI」(緊急時迅速放射能影響予測ネットワークシステム)で高い数値が出ていた地区だったからだという。

 避難指示が出ていたが、逃げ遅れて被ばくした人もいるのではないか。彼らこそ測るべきではなかったか。榊原さんは問いただす。「避難した人たちはみんな、ちりぢりになっていた。探すことができる状況になかった」というのが当事者の回答だ。

 本書を読んで、事故直後の「甲状腺内部被ばく」調査は不十分なものであり、その結果をもとに、「被ばくによる健康被害は考えにくい」と結論付けるのは無理があるのではないか、と痛感した。本書の最後に、実際に甲状腺がんになり、治療を受けた大学生の話も掲載されている。

 本書に政権担当者のコメントは出てこないが、当時の民主党政権はこの問題をどう考えているのか。「説明責任」があるのではないか。菅直人首相、枝野幸男官房長官、福山哲郎官房副長官らの見解を知りたいところだ。

 BOOKウォッチでは関連で、やはり東京新聞記者の労作、『ふくしま原発作業員日誌――イチエフの真実、9年間の記録』(朝日新聞出版)のほか、『原発に挑んだ裁判官』(朝日新聞出版)、『除染と国家―― 21世紀最悪の公共事業』(集英社新書)、『飯舘村からの挑戦』(ちくま新書)なども紹介済みだ。新聞記者による情報公開取材では、『武器としての情報公開――権力の「手の内」を見抜く』(ちくま新書)が群を抜いて詳しい。

 


 


  • 書名 福島が沈黙した日
  • サブタイトル原発事故と甲状腺被ばく
  • 監修・編集・著者名榊原崇仁 著
  • 出版社名集英社
  • 出版年月日2021年1月15日
  • 定価本体900円+税
  • 判型・ページ数新書判・288ページ
  • ISBN9784087211511

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