来月11日(2021年3月)に東日本大震災から10年という節目を迎える。恐らく、多くのメディアは津波の被害を受けた三陸海岸などを取材し、その「復興ぶり」を盛んに報道することだろう。だが、東京電力福島第一原子力発電所事故によって、住民が避難を余儀なくされ、今も多くの人たちが「ふるさと」に帰らない、帰れない福島県の過疎の山村には、あまり目が向かないかもしれない。
本書『飯舘村からの挑戦』(ちくま新書)は、原発事故を契機に、福島県の飯舘村に通い、住民と協働して再生への活動を始めた人々の活動報告である。
著者の田尾陽一さんは、1941年神奈川県生まれ。NPO「ふくしま再生の会」理事長。東京大学理学部大学院物理専攻修士課程修了(高エネルギー加速器物理学)。IT企業の経営にかかわり、2006年に退職して日々を過ごしていた2011年3月11日、都内の自宅で大きな揺れを感じた。
4歳の夏に、疎開先の広島市郊外で原爆の光を見た体験と核物理学の知識が手伝い、いち早く原発事故に関心を持った。インターネットで物理研究者たちと通信し、即席の「憂慮する物理研究者ネットワーク」のようなものを立ち上げた。3月25日には福島第二原発の南3キロまでタクシーで行ったが、段差があり車が進めずに引き返した。4月5日に定点放射線測定器を車に積み、福島県田村市に向かった。大熊町からの避難者がいる体育館に放射線の値を表示できる装置の設置を申し入れたが、市も県も国もタライ回しだった。
6月5日、蓄積型放射線量計を積み、再び福島県へ。翌日、最後の目的地である飯舘村へ入った。6月20日の全村民避難を前に、村で農業・畜産・林業を営む菅野宗夫さん・千恵子さん夫妻と出会った。菅野さんは田尾さんらの来村に合わせて避難先から村に戻るという。その場で、放射線量の計測、土壌除染のための植物栽培実証実験、地域経済再生計画の実証実験など、自然と生活の再生に協働することになった。「ふくしま再生の会」の誕生である。
本書の構成は以下の通り。
第1章 飯舘村の日常生活
第2章 周辺をさまよう
第3章 飯舘村に入る――ふくしま再生の会創設
第4章 試行錯誤――2011年6月~2012年3月
第5章 課題の解決を目指す
第6章 いろいろな地域の人をつなぐ
第7章 自然の中で人間の新しい生き方を創る
終章 地域を主役に、自然と人間が共生する社会へ
国や専門家が放射能汚染の正確なデータを示さない。だから自分たちでやるしかない、と技術者や研究者を集め、いま会員数は約300人になっている。
ともかく田尾さんらのフットワークの軽さと実行力には驚かされる。研究者らは測定機器を作り、無人の村内で測定を行った。そして村全域の放射線量の分布を明らかにした。また植物による土壌除染を実験した。山林の除染のため落ち葉吸引作戦を行った......。
この10年近くの間の調査、交流、実験、行動は数えきれないが、本書は詳細にそれらをトレースしている。イデオロギーにとらわれず、徹底的にデータ重視で取り組む姿勢には「理系」の人々の底力を感じた。
2017年3月に飯舘村の避難指示が解除された。帰村した人は高齢者中心で少数(事故前の人口6000人のうち1400人)だという。また田尾さんのように村に移住した人も100人以上いる。来村者との交流を増やし、村に賑わいを作り、地域を活性化しようと、アートプロジェクトなどさまざまな取り組みがされている。
そんな中、新型コロナウイルスが世界を襲った。田尾さんは「原発事故とコロナ来襲のダブルパンチを受けている飯舘村こそ、21世紀の新しい生き方を提示できるモデル地域の一つかもしれない」と書いている。現代の社会システム改革の最前線だというのだ。
本書の副題は「自然との共生をめざして」になっているが、田尾さんは「自然に囲まれた田舎暮らし」を単純に勧めているのではないという。
安倍晋三前首相は2013年、世界に向かって「福島はアンダーコントロールにある」と発言したのを、田尾さんは厳しく批判している。
「福島の復興を誇示したいために、オリンピックを誘致し福島を利用しているのかもしれない。事故修復の進み具合を楽観的に示したかったのかもしれない。しかしこれは、自然を安易にコントロールできると彼が考えている表れである。『自然と人間の共生を取り戻す』と考えている人間には、決して言えない言葉なのだ」
コロナ禍で若者たちがオンラインでワークショップを行うなど、新しい参加者も増えているそうだ。「現地に足を運んで、ともに考え、豊かな自然の中で試みている再生の活動に参加してもらいたいと切に願っている」と本書を通じて呼びかけている。
BOOKウォッチでは、『ふくしま原発作業員日誌――イチエフの真実、9年間の記録』(朝日新聞出版)などを紹介済みだ。
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