読むべき本、見逃していない?

「アロハで文章論」、はじめました

三行で撃つ

 日本で最もユニークな新聞記者として知られるのが、本書『三行で撃つ――〈善く、生きる〉ための文章塾』(CCCメディアハウス)の著者、近藤康太郎さんだ。九州の小さな町で、田んぼを耕したり、狩猟にも挑戦したりしながら取材執筆を続けている。

トランプやボブ・ディランも論じる

 目を凝らせば、そのような記者はほかにもいるかもしれない。近藤さんがユニークなのは、田舎暮らしのかたわらアメリカ大統領選や、ボブ・ディランのノーベル賞についても、書いていることだ。朝日新聞の大分県日田支局長と、編集委員を兼務している。東京から田舎に移って7年、つねに地球全体を見渡すことを心掛けている。

 すでに『おいしい資本主義』(河出書房新社)など何冊もの著書がある。とりわけ2020年に出した『アロハで猟師、はじめました』(河出書房新社)は大きな反響があった。アロハシャツ姿をトレードマークとする近藤さんが、農耕だけでなく、狩猟もやり始めた体験記だ。

 朝日新聞書評欄で哲学者の柄谷行人氏、毎日新聞の書評欄では東大名誉教授の松原隆一郎氏、週刊新潮では作家・探検家の角幡唯介氏、週刊現代では地域エコノミストの藻谷浩介氏が批評した。さらには日経新聞や、ミュージック・マガジンなどなど。

 生き物を殺すということはどういうことか。いのちとは、人間とは何か。文明とは・・・。人類史をさかのぼりながら哲学的思索を深めている。

 本書は、そんな近藤さんの最新刊だ。「文章術」について書いている。12月下旬段階でアマゾンの「ビジネス文書」部門1位、「論文作法・文章技術」部門で2位にランクインしている。

小説は「とろい」

 タイトルの「三行で撃つ」というのは、書き出しで読者をつかめ、と言うことだろう。本書は冒頭で、型どおり、名著の書き出しを並べている。

 「吾輩は猫である。名前はまだ無い」(夏目漱石)
 「国境の長いトンネルを抜けると雪国であった」(川端康成)
 「木曽路はすべて山の中である」(島崎藤村)

 いずれも有名な一節だ。博識の近藤さんは、おそらくはもっともっと古今東西の名著を並べたかっただろうが、この三冊にとどめている。普通なら、読者の皆さんもこの三冊などに学びましょう、となるところだが、近藤さんはちょっと違う。

 「小説の書き出しというのは、じつはとろいんです」

 なぜなら、「小説を読もう」という人は最初から「その小説を読もうとしている」からだ。もともとその作家が好きだったり、様々なメディアで評判を聞いたりして本を手にしている。

 「ところが、われわれの書くものは、そうじゃないときている。コインランドリーで時間をつぶすあいだ、美容室や病院の待合室、順番待ちの銀行の窓口で、ふとした拍子に手にとる雑誌や新聞に書いている、哀れな文章です。その、書き出しの一文でひきつけられなければ、"獲物"は逃げます」

 名だたる文豪の名作よりも、凡人の文章の一行目の方が難しいというのだ。読む気がない読者をどうやって引き込むか――。本書はこのように、「文豪の文章は素晴らしいから、せっせと真似して文章力を付けよう」というような、ありきたりの文章論の常識をひっくり返しながら進んでいく。

デビュー作に萌芽

 近藤さんはもともと、音楽ジャンルを得意とする記者だった。初期の著作に『リアルロック 日本語ROCK小事典』(三一書房、1997年)がある。もはや絶版だが、ネットで調べると以下のように概要が紹介されている。

 「世界をリードする日本オルタナティヴロック=リアルロック。革命家たちのメモリー、58ミュージシャンの奇蹟を読む! もっとも過激な音楽評論家お待たせのデビュー作。灰野敬二、ハイライズからボアダムズ、少年ナイフまで」
 「リアルなロックは大メディアが作った序列とは別のところでしぶとく、ふてぶてしく息づいている」

 ここでのキーワードは「オルタナティヴ」と「リアル」だろう。ロックを語るにおいて、当時はまだあまり知られていなかった「灰野敬二、ハイライズからボアダムズ、少年ナイフ」などという「オルタナティヴロック」に着目し、そこから「リアル」を探る。

 「オルタナティヴ」とは、「もうひとつの選択」。既存の「王道」「本流」ではないところから「リアル=本質」に迫る。これが「近藤スタイル」の基本型となっている。

 「田植え」や「猟師」は、記者としては「オルタナティヴ」な体験だ。その日々を単なるドキュメントとして報告するだけでなく、そこから私たちが常識とする資本主義的な市場経済に疑問を投げかける。すなわち「リアル」を考えるところまで突き進む。デビュー作には著者のすべてが詰まっている、と言われることがあるが、それは近藤さんにも当てはまると言えそうだ。あらゆる「定型」「定説」「権威」への疑問符や反逆が、身に付いたライフスタイルとなっていることがわかる。

 すなわち、近藤さんの文章スタイルの基底には、近藤さん自身の「オルタナティヴ」な生き方がある。本書が、小手先の文章論ではないということが推認できる。「文章論」の衣をまとった人間論、といえるかもしれない。〈善く、生きる〉ための、という副題がついているのは、そういう意味合いがある。本書を読んで、「文章」のみをまねても、「リアル」には到達しない。

「新しい音楽」を吸収

 評者は『リアルロック』の前後から、新しい文体に挑む書き手として、近藤さんの文章に注目してきた。かいつまんで結論だけ言えば、近藤さんの文章の大きな特徴は、「変拍子」と「シュールレアリズム」だと思う。

 一般に大半の文章は、一定のリズムのもとに書かれる。ところが近藤さんの文章は、意識的にリズムを崩し、変拍子を混ぜる。テンポを自在に揺らす。変調もある。読者は不意に外され、思いがけない世界に引っ張られる。これは近藤さんが、ロックやジャズ、さらにその中でも先端的な「新しい音楽」に親しんでいることに関係していると思われる。

 もう一つの「シュールレアリズム」は、いまや「シュール」として定着している。むしろ「シュール」でないと、若い世代は受け付けない。文豪の名作の一文を引用しながら突然、「コインランドリー」の話を混ぜるのは、「シュール」と言える。現代の若い読者は、「変拍子」や「シュール」に慣れている。文章のワールドでそれを操るのが近藤さんだ。

 ロックやジャズのミュージシャンの多くは、実はクラシック音楽を踏まえている。例えば「シンコペーション」という音楽用語は近年のものと思われがちだが、ルーツはモーツァルトあたりにまでさかのぼるようだ。ゆえに近藤さんも先哲の文章や叡智を大事にしている。「柳田国男」「折口信夫」「南方熊楠」「夏目漱石」らの全集は必携必須だと強調している。

 以上のように本書は、単なる文章論にはとどまらない。記述のはしばしから、この1~2世紀ほどの間に人類が獲得した音楽、映画、美術、哲学などの文化的な遺産が顔をのぞかせる。それらをもとに、現代の日本語を再構築しようとする試みでもある。

 日田支局には、近藤さんの文章に魅せられた若手ライターや新聞記者が勝手に集まってきているという。彼らを相手に、「文章教室」を開いている。「近藤塾」と呼ばれている。コロ禍でも「生徒」たちと一緒に、土と交わるオルタナティヴな「農耕接触」を続けてきたという。

 BOOKウォッチでは近藤さんの『アロハで猟師、はじめました』(河出書房新社)のほか、『おいしい資本主義』(河出書房新社)の翻訳版が韓国でも出版されていることなどを紹介ずみだ。



 


  • 書名 三行で撃つ
  • サブタイトル〈善く、生きる〉ための文章塾
  • 監修・編集・著者名近藤康太郎 著
  • 出版社名CCCメディアハウス
  • 出版年月日2020年12月12日
  • 定価本体1500円+税
  • 判型・ページ数四六判・320ページ
  • ISBN9784484202297

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