2021年2月14日から放送予定のNHK大河ドラマ「青天を衝け」の主人公、渋沢栄一。「日本資本主義の父」と言われるが、その理由は何なのか? 本書『お金の日本史』(株式会社KADOKAWA)を読むと、納得するだろう。
サブタイトルは、「和同開珎から渋沢栄一まで」。古代から近代までの日本のお金の歴史を描いている。
通読して思うのは、日本には渋沢栄一以前に、経済学的発想がほとんどなかったことだ。むしろ、商業や経済学的発想は貶められた。「江戸幕府は『朱子学バカの経済オンチ政権』だった」「『渋沢栄一の天才的発想が、日本の不可能を可能にした』などの見出しが、鋭く指摘している。
著者の井沢元彦さんは、元TBS記者の作家。「逆説の日本史」シリーズ(小学館)などの著書がある。
カネはなぜ「金」という字を使うのか? それは硬貨(コイン)は金、銀、銅などの金属でつくられているからだ。
中国では産出量の少ない金銀ではなく、銅銭がメインで秦の始皇帝の時代からあった。中国を宗主国とした、朝鮮など周辺国家では中国の銅銭が使われた。
しかし、日本は独自の貨幣をつくった。近江京で日本最古の貨幣、無文銀銭が天智天皇の時代につくられた。その後、天武天皇は、富本銭という銅銭をつくったが、流通の事実が明確に証明されていないので、和同開珎が日本最初の「通貨」ということになっている。
反唐派の天智と親唐派の天武の争いが壬申の乱(672年)である。勝利した天武が「銅銭を用いよ、銀銭は使うな」という命令を出したと「日本書紀」にあるという。富本銭も和同開珎も無文銀銭とくらべて、唐の銅銭によく似ている。こうしたことから、井沢さんは「中国との協調路線の中での産物」と見ている。
上述の記述は、古代編にあたる「第一章 和同開珎の謎」にある。そして、「第二章 中世社会の闇――幕府腐敗と寺社勢力」、「第三章 帝国主義の脅威と戦国時代」、「第四章 脱・朱子学と資本主義への道」と進む。
井沢さんは、江戸幕府の掲げたイデオロギーである、儒教を先鋭化した朱子学がもたらした悪影響をこれでもかと挙げている。
江戸幕府は経済的側面から言えば「朱子学バカの経済オンチ政権」で、徳川吉宗や松平定信がその典型的な政治家だという。「百姓を徹底的に絞り上げた将軍吉宗」「ロシアとの友好の道をつぶした定信」など多くの紙幅を使って、朱子学がいかに江戸時代の日本を歪めていたか指弾している。
「商は詐なり」というのが江戸時代の武士の口癖だ。「すべての商売とは詐欺である」という意味(酷い!)で、商業を重視した田沼意次は「極悪人」とされた。日本にはいまも、商業をどこか蔑視する偏見はないだろうか? 江戸時代に刷り込まれた朱子学のイデオロギーが21世紀の今も続いているとしたら、おかしなことだ。
「国際レートの3分の1で金を大量に放出」という記述に驚いた。日本が鎖国する以前の金と銀の交換レートは、最近の研究で1対5だったことがわかった。ところが日本が鎖国してから、メキシコなどで大量の銀山が発見され銀の価格は国際的に下落。幕末に開国した頃は1対15であった。ところが、経済オンチの幕府は鎖国以前のレートで開国し、外国商人の自由な取引を許した。その結果、大量の金貨が海外に流出した。
幕府は金の含有量が少ない粗悪な小判に取り換えたが、激しいインフレを招き、幕府の滅亡につながった、と見ている。
最終章で「日本資本主義の父」と言われる渋沢栄一の功績を讃えている。最初、尊王攘夷思想にかぶれていた渋沢は一橋家の家臣になり、随行員としてパリに渡り、本物の資本主義に出会う。
維新後しばらく新政府の役人として日本経済の基礎を固める仕事をしたが、退職して実業家になることを決意する。この時、同僚は「卑しい金銭に目がくらみ商人になるとは」と反対したという。
「商売は悪事」という偏見をもたらしているのは朱子学だ。渋沢は「論語と算盤」という本を出した。朱子学は儒教の一派で、開祖である孔子の説を発展させたものだ。渋沢は孔子の言行録である「論語」には「商売のすすめ」とも受け取れる言葉がたくさんあることに着目した。これなら元武士たちも抵抗なく受け入れるだろうという「天才的発想」だと井沢さんは書いている。
渋沢のおかげで、日本は健全な資本主義の道を歩むことができたのだと。
日本以上に朱子学の影響が強く、いまも残滓が残る韓国では、いまだに商業蔑視、官吏崇拝の体質が国民に染みついている。
渋沢については『澁澤榮一傳』(幸田露伴)、『雄気堂々』(城山三郎)、『小説 渋沢栄一』(津本陽)など多数の著述がある。最近出た渋沢の伝記としては、仏文学者の鹿島茂さんの『渋沢栄一 上 算盤篇』、『渋沢栄一 下 論語篇』(いずれも文春文庫)が出色だ。渋沢が「論語」に注目したことを詳しく書いている。
2010年に刊行した渋沢栄一『現代語訳論語と算盤』(ちくま新書/守屋淳=訳)は、2019年時点で累計発行部数が25万部を突破し、令和のいま、あらためてベストセラーになっている。
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