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渋沢栄一は尊王攘夷を夢見る農民だった・・・運命を変えたのは?

渋沢栄一

 数年後に発行される新しい一万円札の肖像につかわれることになった渋沢栄一。日本最初の銀行である第一国立銀行(現在のみずほ銀行)を創設するなど、「日本近代資本主義の父」と言われる人物だ。どんな生涯を送ったのか、にわかに高まった関心に答えようと出たのが、本書『渋沢栄一』(幻冬舎新書)だ。

 渋沢については『澁澤榮一傳』(幸田露伴)、『雄気堂々』(城山三郎)、『小説 渋沢栄一』(津本陽)など、実に多くの研究書、伝記、小説が書かれている。それくらい多くの事績があり、人間的なエピソードも豊富な人物だったということだろう。

若き農民時代に焦点当てる

 著者の今井博昭さんは元埼玉県庁職員の郷土史家。渋沢栄一など埼玉県生まれの人物を研究し、著作や講演活動をしている。本書は2010年に刊行されたものを加筆、修正したもので、今回の渋沢ブームに乗った本と言えなくもないが、コンパクトにまとまっているので読みやすい。また、渋沢の若き日々に焦点を当てているのが特徴だ。

 渋沢は天保11年(1840)、武蔵国榛沢郡血洗島村(現在の埼玉県深谷市)に生まれた。農民だったが天下国家を論じる青年で、江戸に遊学して以来、ひとかどの志士になった気分でいた。倒幕計画を実行するため向かった江戸で、一橋家側用人の平岡円四郎と出会ったことが渋沢の運命を変えた。

 25歳で一橋家の家臣に取り立てられた。年貢米の販売方法を変えたり、藩札を活用して木綿の販売を拡大したりするなどの「経営革新」で実績を上げた。今井さんは藍玉の製造・販売で商才があった父の影響を挙げる。

 主君、一橋慶喜が第十五代将軍となったことで、また渋沢の運命が変わった。慶喜の弟、徳川昭武がフランスのパリで開かれる万国博覧会に名代として行き、そのまま留学することになった。渋沢はその随行員としてパリに行くことになったのだ。

今井さんは、こう書いている。

 「強硬な尊王論者が幕臣となり、今度は、攘夷を実行しようとした者がフランスへ行く。何という大いなる皮肉であろうか。これはもう、時代が栄一にそれを求めたとしか言いようがない。そして、栄一の人生は間違いなく大転換する」

パリでの見聞を活かす

 本書の第3章「栄一、パリに行く」は、渋沢の日記などをもとに華やかなパリでの見聞や銀行家のフリューリ・エラールとの出会いなどを紹介している。後年渋沢が日本で始めたさまざまな事業にはフランスで学んだことが生かされているという。

 帰国したのは明治元年(1868)だった。明治維新を経て、江戸は東京になっていた。静岡で謹慎中の慶喜を訪ね、静岡でエラールから学んだ合本組織(株式会社)による「商法会所」を設立した。そして成功させ、藩財政に貢献した。

 こうした渋沢の知識や経験を見込んだ大隈重信によって、新政府に引き立てられた。税の金納制への改正、貨幣制度や郵便制度の検討、鉄道敷設など、大蔵官僚として活躍した。しかし、大久保利通が大蔵卿になり、二人は対立。渋沢は大蔵省を辞めて念願の実業界へ入る。その後、数多くの銀行や近代的企業の創立・運営に参画したことはよく知られている。

 本書は今井さんが意図した通り、農民時代の渋沢の姿が活写されており、その後、武士、大蔵官僚、実業家と転身してゆく渋沢の中に商才あふれる「農民魂」があったことが理解される。藍という換金作物を扱っていたことがその源にあることがわかる。

 近年出た渋沢の伝記としては、仏文学者の鹿島茂さんが書いた『渋沢栄一 上 算盤篇』、『渋沢栄一 下 論語篇』(いずれも文春文庫)が出色だ。フランス滞在中や家族のエピソードが豊富で示唆に富んでいる。本書で渋沢に関心をもった人に勧めたい。  

  • 書名 渋沢栄一
  • サブタイトル「日本近代資本主義の父」の生涯
  • 監修・編集・著者名今井博昭 著
  • 出版社名幻冬舎
  • 出版年月日2019年6月 5日
  • 定価本体840円+税
  • 判型・ページ数新書判・257ページ
  • ISBN9784344985629
 

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