「食」の世界で静かな革命が進行中なのだという。本書『フードテック革命――世界700兆円の新産業 「食」の進化と再定義 』(日経BP)はその現状をリアルタイムで報告したものだ。日本発のフードイノベーションを巻き起こす初のビジネス書だという。発売して数か月になるが、アマゾンの部門別ランキングでは2020年12月上旬現在、「農業ビジネス」で1位、「食品産業研究」で 2位、「サービス・小売」で3位をキープ。100を超えるレビューコメントが並んでいる。
この革命については、世間ではまだあまり知られていない。それゆえに引き合いがあり、関心が高いということかもしれない。何しろ本書の執筆者たち自身も、つい最近まで、この新しい動きを明確に自覚していたわけではなかった。
本書は4年前の2016年10月、米国・シアトルで開催された「食×テクノロジー」のイベント、「スマートキッチン・サミット(SKS)」の話から始まっている。執筆者たちは当時、「キッチンの領域にどんなテクノロジーが入ってきているのか」ということに関心があった。いろいろ調べているうちに、SKSのウエブサイトにたどり着いた。プログラムを眺めてみると、日本では聞いたこともないフレーズが並んでいた。Kitchen Os、Kitchen Commerceなどだ。これは何かが起きているという直感が働いた。
実際にSKSに出かけてみると、そこにはすでに「キッチンOS」が実装された世界があった。フード領域のスタートアップ企業のみならず、アマゾンのような巨大IT産業や大手家電メーカー、ネスレのようなメガ食品メーカーが集まっていた。彼らは「これから何がキッチンにおけるキラーアプリになるのか」ということを熱心に議論していた。
「スマートキッチン」とは、家電領域にとどまらない。その先にある食品自体のあり方や生活者の行動などの見直しをも含めたものだった。デジタルテクノロジーを軸にした、「食の未来」を考えるエコシステムをどう構築するか。日本に戻った執筆者たちの取り組みが始まった・・・。
本書の著者陣は、田中宏隆、岡田亜希子、瀬川明秀の3氏。監修は外村仁氏。田中、岡田、瀬川の3氏は、「シグマクシス」というビジネス・コンサルティング企業でディレクターなどを務める。外村氏は2000年にシリコンバレーで起業、総務省の「異能(Inno)vation」プログラムアドバイザーなどもしている。4氏とも高学歴。Appleやマッキンゼーなどで働いていたことがある人も含まれている。
本書は前述の「スマートキッチン・サミット(SKS)」での知見を出発点に、日本でも同様の取り組みぶりや課題が報告されている。全体の構成は以下。
序章 フードテック革命に「日本不在」という現実
第1章 今、なぜ「フードテック」なのか
第2章 世界で巻き起こるフードイノベーションの全体像
第3章 With&アフターコロナ時代のフードテック
第4章 「代替プロテイン」の衝撃
第5章 「食領域のGAFA」が生み出す新たな食体験
【Column】世界の台所探検家・岡根谷実里氏が見た料理のパワー
第6章 超パーソナライゼーションが創る食の未来
【Column】AIが未然に回復食を提示する世界(ヒューマノーム研究所寄稿)
第7章 フードテックによる外食産業のアップデート
【Column】超未来食レストラン OPENMEALSの取り組み
第8章 フードテックを活用した食品リテールの進化
第9章 食のイノベーション社会実装への道
【Column】世界屈指の「美食の街」から生まれるフードテック(Basque Culinary Centerレポート)
第10章 新産業「日本版フードテック市場」の創出に向けて
【Column】The Future Food Institute(FFI)創業者 サラ・ロバーシ氏(寄稿)
【巻末収録】アフターコロナ時代の羅針盤「Food Innovation Map 2.0」
2025年までに世界700兆円に達すると言われる超巨大市場「フードテック」――。 私たちの食はどう変わり、どんなビジネスチャンスが生まれているのか、ということが本書の大きな問いかけとなっている。
本物の肉のような「植物性代替肉」「培養肉」、食領域のGAFAとも言われる「キッチンOS」、店舗を持たないレストラン「ゴーストキッチン」、Amazon Goに代表される「次世代コンビニ」などの話が出てくる。「パンデミックで見えてきた食の課題とは」「新型コロナ禍が変えた食の価値とビジネス 」「アフターコロナで求められる注目の5つの領域」など、コロナ対応も取り上げられている。
さらに「食の未来」について、以下のようなキーパーソンが語っている。
・味の素 代表取締役社長 西井孝明氏、代表取締役副社長/CDO 福士博司氏、専務執行役員/CIO 児島宏之氏 ・ロイヤルホールディングス 会長 菊地唯夫氏
・インポッシブルフーズ SVP International ニック・ハラ氏
・不二製油グループ本社 代表取締役社長 清水洋史氏
・ユナイテッド・スーパーマーケット・ホールディングス 代表取締役社長 藤田元宏氏
・予防医学研究者 石川善樹氏
・HAJIME オーナーシェフ 米田肇氏
・Mr.CHEESECAKE 田村浩二氏
冒頭の話からも分かるように、この分野の日本の取り組みは遅れている。シリコンバレー生活が長い外村氏は、すでに「食」に関する現地の様相が急ピッチで変わっていることを伝える。フード系のベンチャーが活発に動き、大手も参入しているのだという。
「日本食」は世界的にみてもハイレベルとされている。だが、かつてガラケーで世界の最先端を走っていた日本が、スマホへの対応が遅れ、あっさりiPhoneの後塵を拝するようになったことを例にとり、外村氏は、「IT業界の悪夢を繰り返すな」と訴えている。
いまや先進国ではSDGs(持続可能な開発目標)が共通認識になりつつある。しかしながら世界の人口はまだまだ拡大、とりわけ、アフリカなどでは爆発的な人口増も予想されている。地球の未来を考えるうえで食料やエネルギー問題から目を離せない。
評者はこの方面に疎いので、「食」の仕事に関わる知人に本書を読んでもらい、感想を求めたところ、「知らないことだらけで大変参考になった」とのことだった。
BOOKウォッチでは関連で、『捨てられる食べものたち――食品ロス問題がわかる本』(旬報社)、『フード・マイレージ 新版』(日本評論社)、『大量廃棄社会』(光文社新書)、『コンビニ外国人』(新潮新書)なども紹介済みだ。
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