石田月美さんの本書『ウツ婚!!――死にたい私が生き延びるための婚活』(晶文社)は、よくある婚活本とは趣を異にする一冊。タイトルからして強烈だ。著者は一体どんな人物なのだろうか。
石田さんは、うつ、摂食障害、対人恐怖症、強迫性障害、境界性人格障害、依存症など、様々な精神疾患を抱え、実家に引きこもり寄生する、体重90kgのニートだった。そこで始めたのが「生き延びるための婚活」。
何度も失敗し、「喰い逃げ」もされ、それでも婚活を通じて回復していく経験を綴った傷だらけの<物語編>。その経験から得たスキルとテクニックをありったけ詰め込んだ<HOW TO編>。本書は、この2本立てで送る「泣いて笑って役に立つ、生きづらさからの回復の物語」。そして当事者はもちろん、支援者にも読んで欲しい「生きづらさ解体新書」にもなっている。
石田月美さんは1983年生まれ、東京育ち。幼少の頃から周囲と馴染めず、浮き上がった自分を抱えながら過ごす。高校を中退して家出少女として暮らし、限界がきて実家に戻り通信で高校卒業資格を得て大学に入学。独り暮らしをしながら大学在学中に摂食障害になり中退して実家に戻る。精神科に通いながら婚活をして結婚。自身の婚活経験を活かし、2014年から「婚活道場!」という婚活セミナーを立ち上げ、「病を抱えたまま社会と繋がる」をテーマに精神科のデイケア施設で講師を務める。大反響を呼び「ウツ婚!!」という名にリニューアルして更なる活動の幅を広げる。
本書の特徴は、精神疾患を抱える著者が同じ状況にいる読者に向けて、自身をさらけ出し、体当たりでメッセージを発信しているところと言えるだろう。笑い話、笑えない話、際どい話......あれこれ出てくる。リズム感がよく、読んでいるこちらもテンションが上がる。ここまで自由度の高い文章はそうそう見かけない。本書のベースに「ウツ」があることを忘れかけるほど、おもしろく読み進んだ。
「病の克服本だと思って手に取られた方には申し訳ないのですが、私は今でもビョーキのままです。私たちが抱える多くの精神的な疾患は治りません。(中略)でも、その病を抱えたままの自分と一緒に生きて行くことは出来ます。そして、そのために必要なのはスキルとテクニック、それらをトレーニングし続けることだと私は考えています」
病院の外で生き延びるために「毎日を生き延びるスキル」「これからも生き延びるテクニック」を教えて欲しかったという石田さん。同じ苦悩を持つ仲間たち、そして当時の自分に向けて、婚活セミナーをやったり本を書いたりするのだという。
「ビョーキの講師がビョーキの生徒に向けて、したたかさを説く白熱教室」は、男性とまっとうな方は入室お断り。「おビョーキ同士」で、生き延びるための戦略を練った。満員御礼だったセミナーは幕を閉じたようだが、本書を読めば「私たちが必死で紡いできたスキルとテクニック」が伝わるかと思います、としている。
「お気に召したら、どうぞ共犯になってください。おビョーキ仲間になって一緒に生き延びましょう。私たちが企てた戦略が、どうか、読んでくれた人を少しでも楽にしますように」
本書は<物語編>と<HOW TO編>の2部構成。<物語編>では、石田さんが27歳だった頃からの通院、婚活、家族、友人のエピソードを惜しげもなく綴っている。<HOW TO編>では、セミナーで伝えていたスキルとテクニックを紹介している。
まえがき――生き延びるだけで精一杯な女たちへ
<物語編> ビョーキの私が生き延びた奇跡の婚活ストーリー
Scene1 塔の上のメンヘラーゼ
Scene2 戦場のガールズライフ開幕?
Scene3 闇なのにデートもしないの?
Scene4 本命捕獲計画
Scene5 家族にまつわるエトセトラ
<HOW TO編> 生き延びるだけで精一杯女子的サバイブ戦略虎の巻
Lesson1 まずは「生活」をやってみよう
Lesson2 見た目問題、ただパッケージを変えるだけ
Lesson3 出会う、デート、相手の選び方
Lesson4 コミュ症による婚活コミュニケーション術
Lesson5 婚活は役所に受理されるまでが婚活です
それにしてもなぜ、「様々な精神疾患を抱え、実家に引きこもり寄生する、体重90kgのニートだった」石田さんは「生き延びるための婚活」をすることになったのか。当時の様子がわかる部分を紹介しよう。
「引きこもってから3ヵ月くらい。無職歴は3年。大学は8年通ったけれど親の経済力に限界が来て、もしくは堪忍袋の緒が切れて、大学は4年生で中退。(中略)長すぎるモラトリアムというか、要はメンがヘラってなんとなく在学しながら引きこもりと過食とダイエットを繰り返していただけ。大学は中退して終止符を打てたけど、メンヘラも引きこもりも実家住まいも手放せずにいた」
初めて精神科に行ったのは21歳くらい。そして、27歳のある日の診察でのこと。石田さんは「メンヘラの常套句」である「死にたい」「もう無理」「自分がどうなっちゃうのか怖い」を並べた。「辛いんです苦しいんです」と雰囲気でアピールした。すると、主治医は慣れた調子で、石田さんが投げた常套句を全てスルーして一言。「結婚すれば?」――。
「てっきり『ありのままのあなたで大丈夫』とか『今は休むときだから』とかキレイゴトを頂けると思っていた私は、そのとき本気で閉店しようかと思った。『結婚』って。だってデブだよ? 無職だよ? メンがヘラってるんだよ? ハードルが上がりすぎて耳キーンなるわ」
主治医が放った予想外の一言が、石田さんに「パラダイムシフト」をもたらした。結婚したら「父親の『誰のカネで飯食ってんだ!』を聞かずに済む」「高収入で専業主婦にならせてくれる男と結婚すれば万事快調。大団円」「問題はそんな男が私と結婚してくれるかだ」などと考えつつ、石田さんは「婚活」を糸口に、病院の外の世界との繋がりを持ち始めた。
「私は閉店ガラガラしたい気持ちを必死にこらえてシャッターを押し上げようかなってちょっと思った。ちょっとだけ」
数々の男性とのあれこれを経て、<物語編>のScene4「本命捕獲計画」でようやく、石田さんは将来の夫との出会いを果たす。そして結婚し、現在は二児の母。石田さんの「婚活」模様は、ぜひ本書を読んで堪能していただきたい。
<物語編>の「婚活」エピソード、<HOW TO編>のスキルとテクニックまで紹介しきれないのが残念だが、「生き延びるだけで精一杯」という人に向けて、最後にいくつか紹介したい。
「頭の中で『自己肯定感』や『ありのままの私』とやらを考え続けるよりも、服を、行く場所を、話す内容を変えてみてください。(中略)小さいことから、ほんの些細なことから、まずは具体的に変えてみてください。したたかに戦略的にしなやかに」
最初、石田さんは「生活保護か専業主婦か」と悩み、「結婚して養ってもらうこと」を目的に婚活を始めた。しかし、結婚して振り返ってみると、自分を楽にしてくれたのは「婚活」だったと気付いたという。
「(婚活の)プロセスの中では、社会と他者と繋がろうとすること、そのために自分を知り戦略的にカスタマイズしていくことが行われています。(中略)多くの失敗を重ねながら私が身に付けた、そのスキルとテクニックは生き延びるために役に立ちました。でもそれは『結婚』したからではありません。『婚活』のプロセス自体が、私にとっては治療的なトレーニングになったのです」
「結婚」が目的ではなく、「婚活」を通して、生き延びるための戦略的なスキルとテクニックを自分のものにすることが大切なようだ。石田さんは、本書は「ビョーキのまま生き延びるための道具」としている。本書からは、自らも「ビョーキ」のまま生き延びている著者の実感のこもった、力のあるメッセージを受けとることができる。
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