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愛する人を守るために犯す罪もある

だから僕は君をさらう

 「実は僕、誘拐犯の息子なんです」――。父親が事件を起こして以来、ただ平穏無事に暮らすことを願ってきた守生(モリオ)。しかし、父親が起こした事件から十六年後。今度は守生自身がある事件の犯人として、警察に自首しようとしていた。守生は、愛する少女を守るために罪を犯したのだった。

 斎藤千輪(さいとう ちわ)さんの本書『だから僕は君をさらう』(双葉文庫)は、読者を惹き込む物語設定と、躍動感あふれる展開が印象に残る一冊となった。「主人公がどうやら犯罪者になるらしい」「そこにはなんらかの理由があるらしい」ことをにおわせて、物語は幕を開ける。ドラマの続きが気になるように、「その先はどうなる?」とページをめくっているうちに読了した。

自首する直前の回想

 斎藤千輪さんは、映像制作会社を経て、放送作家、ライターに。2016年『窓がない部屋のミス・マーシュ』で第2回角川文庫キャラクター小説大賞優秀賞を受賞し、デビュー。今年(2020年)『だから僕は君をさらう』で第2回双葉文庫ルーキー大賞を受賞。

 双葉文庫ルーキー大賞は、2019年から募集を開始した。「WEBサイトから簡単応募。編集者が選び、おもしろければ即、双葉文庫で刊行!」と間口を広げることで、より多くの素晴らしい作品を発掘し、世に出していこうとする賞という。本作は、斎藤さんがデビュー前から書き続けていた初の長編小説であり、巻末に「ずっと温めていた物語」が受賞した喜びを綴っている。

 本書の目次は以下のとおり。序章は、守生が自首する直前の緊迫した場面から始まる。第一章~第五章は、守生が少女と出会ってから事件を起こしたところまでを辿る。第六章は、事件から一年後の週刊誌記事を通して、事件の真相に迫る。第七章は、事件から六年後の守生と少女を描く。

序章  「ある犯罪者の回想」平成二十五年(2013年)七月の出来事
第一章 「始まりの白いハト」平成二十五年(2013年)五月の出来事
第二章 「紅い満月の伝説」平成二十五年(2013年)六月の出来事
第三章 「運命の熱帯魚」平成二十五年(2013年)六月の出来事
第四章 「二人だけの世界」平成二十五年(2013年)七月の出来事
第五章 「珊瑚に舞う骨」平成二十五年(2013年)七月の出来事
第六章 「一年後の週刊誌記事」平成二十六年(2014年)七月の出来事
第七章 「薔薇月の夜に」令和元年(2019年)八月の出来事

 本書の帯に「愛する人を守るために犯す罪もある」の一文がある。守生は自首する直前、交番の手前で立ち止まる。そしてこう回想する。「昭和のような古びた部屋。同じく古びたアルトサックス。一緒に食べた粗末なチャーハン。ただ、そばにいてくれただけで。それだけで、うれしかった」――。守生と少女の関係が、加害者と被害者の関係とは一線を画すものだったことがうかがえる。

 「交番の入り口をくぐったら、自分は犯罪者として逮捕されるのだ。一体なぜ、こんな罪を犯したのか、執拗に責め立てられるだろう。だから――。もう少しだけ、想い返していたいんだ。あまりにも短くて、とてつもなく濃密だった、紫織との日々を」

複雑に絡み始めた"運命の糸"

 守生は二十九歳。少女は中学二年生。名は紫織という。年齢差は十五歳。二人の間に接点はなにもない、はずだった。ところがある夜、守生の自宅近くの墓地で二人は出会う。そのとき、紫織は墓前に立ち、香炉の下にあった納骨棺の石板に両手をかけ、「んしょっ」と動かそうとしていた。

 「石板の下に納められているであろう、かつて人だった骨壺の中身に、用事があるのかもしれない。だとしたら、それはとても大切な人で、大切な用事のはずだ」――。守生が「手伝おっか?」と声をかけると、紫織は猛スピードでその場から走り去った。

 二十九歳の独身男と女子中学生。怪しい関係ではないかと、世間から誤解されてもおかしくはない。これっきり関わることはないだろう、いや、むしろこれ以上関わったらまずいだろう。守生も、一読者としても、そう思ったが......。

 「彼女に声をかけてしまった瞬間から、俗に"運命の糸"と呼ばれるものが複雑に絡み始めたことを、守生はまだ知る由もなかった」

 二人は間もなく再会し、守生の家に紫織が遊びに来るほど親しい間柄になる。決して、なにもまずいことはしていないのだが、やはり、この関係を長く続けるわけにはいかなかった。「あまりにも短くて、とてつもなく濃密だった、紫織との日々」は、守生のある決断によって終わりを迎えることとなる。

加害者の息子と被害者の娘

 ここでは、最終的に守生が犯した罪の詳細にはふれないでおこう。ただ、守生の過去、そして守生と紫織の「複雑に絡まる運命」にはふれておきたい。

 守生が十三歳だった平成九年、父親が身代金目的の誘拐事件を起こした。「神奈川県河坂市女子中学生誘拐事件」と報道された。事件後、守生は生まれ育った河坂市を離れ、就職するまでを児童養護施設で過ごした。そして三年ほど前、この街に戻ってきた。

 父親の犯行動機は、金銭面での困窮だった。「娘を預かっている。三百万円を用意しろ」と、同市在住の会社経営者に身代金を要求した。父親が受け取り場所に指定した駐車場には捜査員が配置され、それに気づいた父親は現場から逃走。その途中、車にはねられ死亡した。誘拐された娘は、無事保護された。

 「事件後に飽きるほど浴びた、好奇の視線。嘲笑する声。憐れみの言葉。あの、嵐の中でもみくちゃにされるような、でたらめなリズムの不協和音が鳴り続くような不快感を味わうのは、もう絶対に御免だった」

 誘拐された娘の名は、桐子という。守生の幼なじみであり、初恋相手でもある。事件以来、守生は桐子と一度も顔を合わせていなかった。しかし、事件後の桐子について知ることとなる。事件後、桐子は不登校になり、高校には進学しなかった。引きこもり、早くに妊娠、結婚したという。そして守生が偶然出会った紫織こそが、桐子の娘だったのだ。

 「誘拐犯の息子なのだから、初恋の相手を助けられなかった卑怯者なのだから、日の当たる場所なんて歩いてはいけない。何もなかったことにして、人並みの幸せなど求めてはいけない」

 犯罪者の息子である守生は、繰り返し、自身にそう言い聞かせてきた。しかし、十五歳の年齢差、加害者の息子と被害者の娘という事実をはねのけるほど、守生のなかで紫織は愛すべき存在になっていた。

 「もしも、最初からやり直せるのなら......。いや、やり直しなどしなくていい。僕の世界は、これで完璧だ」

 愛する人を守るために犯した罪とはなにか。なぜ愛する人を守るために罪を犯したのか。愛と犯罪という、対極にあるもの同士を結びつけてつくりあげた「完璧」な世界とは......。犯罪者の息子、恋に落ちた男、犯罪者。いくつもの立場が重なった守生の心の機微は、本書を読んで体感していただきたい。



 


  • 書名 だから僕は君をさらう
  • 監修・編集・著者名斎藤 千輪 著
  • 出版社名株式会社双葉社
  • 出版年月日2020年11月15日
  • 定価本体700円+税
  • 判型・ページ数文庫判・372ページ
  • ISBN9784575524246
 

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