近年、各地でさまざまな自然災害が起きている。河川の氾濫、傾斜地での土砂崩れ......。こうした水害や地形災害は、単に地球温暖化や異常気象だけで説明できない。どこで、どのように災害が発生しているのかについて理解を進めるために、地形環境やその歴史的改変の知識が欠かせない。
防災学の専門家が警鐘を鳴らした本は、本稿の末尾に記したようにいくつか紹介してきた。本書『地形と日本人』(日経プレミアシリーズ)は、歴史地理学の観点から書かれたのが、類書にない特徴だ。
著者の金田章裕(きんだ・あきひろ)さんは、京都大学名誉教授。京都府立京都学・歴彩館館長。京都大学理事・副学長、大学共同利用機関法人・人間文化研究機構機構長などを歴任。専門は人文地理学、歴史地理学。著書に『微地形と中世村落』『古地図からみた古代日本』『大地へのまなざし』『景観からよむ日本の歴史』ほか多数。
日本人の大半は平野に居住している。そもそも平野は川によってつくられた。平野は、扇状地・自然堤防・後背湿地・氾濫平野・三角州などに分類でき、後背湿地や氾濫平野は、主に水田に利用され、集落は自然堤防沿いにつくられてきた。
ところが、近代に入って築堤技術が進み、人々はかつての水害への警戒を解き、川沿いの低地が安全な土地であるかのような、「一種の錯覚を持つに至ったものだろう」と警告する。
空間と時間に同じように目を向けている、歴史地理学の視角が地形を知る上で重要だ、としている。
本書の構成は以下の通り。
第1章 歴史地理学は「空間と時間の学問」 第2章 河川がつくった平野の地形 第3章 堤防を築くと水害が起こる 第4章 海辺・湖辺・山裾は動く 第5章 崖の効用、縁辺の利点 第6章 人がつくった土地 第7章 地名は変わりゆく 第8章 なぜそれはそこにあるのか--立地と環境へのまなざし
「堤防を築くと水害が起こる」という第3章のタイトルが刺激的だ。第2章で、川がどのようにして平野をつくってきたかを知ると、スムーズに理解できる。扇状地上の河道は変遷すること、河道沿いには微高地と背後に低湿地ができること、後背湿地と遊水地が水害対策として役割を果たしてきたことなどを各地の例で紹介している。
京都の鴨川では平安京の頃、「防鴨河使(ぼうかし)」という役職が設置され、堤防の見回りや築堤工事を行った。西方の葛野河(桂川)についても同様の「防葛野河使(ぼうかどのかわし)」が設置された。貞観3年(861)にはいずれも停止して「国司(山城国)」にまかせることにした。
さらに貞観13年(871)には、鴨川について次のように命じた(『日本三代実録』)。
・堤が決壊すれば被害が甚大であるので、 →堤を高くすること。 ・堤の周囲に田を拓いたり、灌漑用水の穴をあけたりすれば、堤を壊すことになるので、 →公田のほかに田畠(畑)を耕すことを禁じ、また、堤を害するような公田の耕作も禁止する。
これらの記述から、少なくとも平安京側(西側、右岸)には、すでに連続した堤防(連続堤)が建設されていたと金田さんはみている。
しかし、氾濫を防ぐために人々が河川に堤防を築くと、かえって水害が増大する、皮肉な結果になったという。
大きな河川で一般的だったのは不連続な「霞堤」ないし「筋違い堤」だった。増水すれば不連続なすき間から流水があふれ、破堤の危険を避けることが出来た。流勢はそがれて上流部で滞水、壊滅的な被害にはならなかった。
連続堤は堤の内側と外側を明確に区分するため、破堤すればもちろん、堤防を越えて溢水することがあっても、それは「水害」になる。
2019年の台風19号によって、長野市穂保で千曲川の堤防が決壊し、新幹線車両基地をはじめ、多くの住宅、施設が水害にあった。この地域も増水した千曲川が氾濫しやすい狭隘部付近であり、歴史的にもしばしば水害を蒙った地域であった。
ハザードマップなどで、自分が住んでいる地域の災害の危険性を知ることも大切だが、そもそもどういう土地であったのか、歴史を知ることも重要だ。
BOOKウォッチでは、『災害から命を守る 「逃げ地図」づくり』(ぎょうせい)、『水害列島』(文春新書)、『宅地崩壊』(NHK出版新書)、『命を守る水害読本』(毎日新聞出版)などを紹介済みだ。
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