奈良女子大は、お茶の水女子大に匹敵する名門だが、あんがい出身の有名人が少ない。その中で最近、抜群の知名度を誇るのが『妻のトリセツ』のベストセラーを出した黒川伊保子さんだ。同大の理学部物理学科卒業後、コンピュータ・メーカーに就職し、AIエンジニアを経て2003年より(株)感性リサーチ代表取締役社長。メディアに登場する機会も多い。
近刊の『家族のトリセツ』(NHK出版新書)は、「トリセツ」シリーズの最新作にして、集大成だという。
「ケンカが絶えない」「欠点が目につく」「家に居場所がない」......。親子関係から兄弟、夫婦関係まで、イライラやすれ違いの具体例を挙げながら、そのメカニズムをわかりやすく解説する。なぜ最も身近にいるのに理解できないのか、なぜぶつかり合ってしまうのか。自身の経験を交えながら「脳の個性」を理解し、家族という他人とうまく付き合うための実践的方法を綴っている。
ウィズコロナで、家族で生活する時間が増えている。一日中、顔を合わせていると、これまで円満だった家族の中でも些細なことでイラつくことが増える。いちいち手を洗ったかとか、消毒したかとかうるさく言われて、「やったよ」「今やるとこなんだから」などと、つい声を荒げたりした経験をお持ちの人は少なくないだろう。在宅時間が長くなった夫は、これまですべて妻がやっていた家事の一部をあれこれ手伝わされるようになり、「俺は家で遊んでいるんじゃない。リモートワークしているんだ」と、カリカリする機会が増えているに違いない。
人工知能の開発にも関わってきた黒川さんが気付いたのは「才覚は必ず欠点と共に、脳の中に存在する」ということだったという。
発想力は「気分屋」「飽きっぽい」と、戦略力は「ぼんやり」「ぐずぐず」と、危機回避能力は「びびり」と、危機対応力は「懲りない」とセットだという。したがって「欠点を消せば、長所も弱体化してしまう」。
すなわち家族を欠点で見ればイライラするが、才覚で見れば、かけがえがない。すべての才覚が欠点とセットで存在する以上、どんな家族も、二つの見方ができるという。欠点ゼロを目指して真面目すぎる日々を送っていると、家族はたぶん幸せになれないし、才覚を生かしきれない人生を送ることになる、と説く。
娘は飽きっぽい、息子はぐずぐずする、夫はぼんやりの上に、懲りずに同じ失敗を繰り返す。妻は愚痴の垂れ流し・・・という家族は、見方を変えれば、発想力のある娘と、戦略力のある息子、危機対応力の高い夫である可能性が高い、というのだ。
このように否定ではなく、肯定で家族評価をすると、たしかに見え方が違ってくる。
本書は「第1章 なぜ家族にストレスを感じるのか」、「第2章 『家族を甘やかす』の効用」、「第3章 家族にこそ必要な、4つの『やってはいけない』」、「終章 家族の中に『優しさの泉』をつくる」の四章構成。
「第3章」ではいくつかの「ルール」が示されている。その一つに「家族に『世間』を持ち込まない」がある。
どういうことかというと、外に出れば、どうしたって、世間の風は冷たく子どもに突き刺さる。わざわざ、それに先んじて、家庭できつい思いをさせなくてもいいのではないか、ということだ。
本書では多数の「物語」の話が出てくる。「大草原の小さな家」「愛の不時着」「アンデルセンの童話」・・・黒川さんの父は教師だったが、「ルパン三世」が好きで「巨人の星」が大嫌いだった。理由は「『巨人の星』の星家には笑いが一切ないからだ」「笑顔抜きで子どもを追い詰めるのは、ただ酷なだけ」と一蹴していた。
教師なのに泥棒物語でユーモアのある「ルパン三世」を子どもたちに推奨し、黒川さんには「笑顔のない家庭の子は、頑張れないんだよ」と話していたという。欠点と長所はセットだという黒川さんの本書は、そうした父親の教えにも基づいているのだろうと思った。家族には「笑い」が必要なのであり、家族とは世間の厳しさを「ゆるめる」場所でもある、ということなのだ。それが「家族のトリセツ」の大前提だ。
BOOKウォッチでは関連して、『万引き家族』(宝島社)、『それでも、母になる ―生理のない私に子どもができて考えた家族のこと―』(ポプラ社)、『加害者家族の子どもたちの現状と支援――犯罪に巻き込まれた子どもたちへのアプローチ』(現代人文社)、『精神障がいのある親に育てられた子どもの語り』(明石書店)、『私たちはふつうに老いることができない――高齢化する障害者家族』(大月書店)、『かくされてきた戦争孤児』(講談社)、『育てられない母親たち』(祥伝社新書)など多数紹介している。
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