シングルモルトのウイスキーがブームになった頃、『山崎10年』、『竹鶴17年ピュアモルト』など熟成年数を表記した年代物が店頭に並んだが、最近とんと見かけない。なぜなのか? と思っていたが、本書『ビジネスに効く教養としてのジャパニーズウイスキー』(祥伝社)を読み、疑問が解けた。いまジャパニーズウイスキーが世界中で人気になり、原酒が不足したからだという。
ところで、日本でウイスキーの消費量がピークだったのは1983(昭和58)年だったという。この年約38万キロリットルと最高を記録、以後下降線をたどり、ウイスキー離れが進んだ。
この頃、社会人になったばかりの評者は当時の酒席の雰囲気をよく覚えている。二次会は当たり前で、まずビールで乾杯。その後はウイスキー(それもサントリーオールド)の水割りが続いた。三次会になると、ビールは省略。延々とウイスキーの水割りを飲むばかり。あちこちのスナックにボトルをキープしたものだ。
その後、スナックでも焼酎を飲むのが普通になり、一次会でもビール派と焼酎派が分かれるようになり、ウイスキー党は少なくなった。
バブルの崩壊やその後の景気低迷の影響で酒席そのものが減ったこともあるだろうが、2008年の底の年には最盛期の5分の1まで消費量は減った。
2009年以降、ウイスキーは再びブームを迎える。ハイボール人気の再燃や、NHKの朝ドラ「マッサン」の影響などが指摘されているが、なにより日本産の「ジャパニーズウイスキー」の品質の良さが再認識されたことが大きいようだ。
前振りが長くなったが、本書は、「マッサン」のウイスキー考証を務めた土屋守さん(ウイスキー文化研究所代表)が、いまや世界が熱狂するジャパニーズウイスキーの歴史、広告戦略、盛衰、クラフト蒸留所、課題をすべて解説した包括的な本である。
土屋さんの経歴が少し変わっている。1954年新潟県生まれ。学習院大学文学部卒。フォトジャーナリスト、「FOCUS」編集部などを経て、1987年に渡英。日本語月刊情報誌の編集長として、取材先のスコットランドで初めてスコッチのシングルモルトと出会い、スコッチにのめり込んだ。
日本初のウイスキー専門誌の編集長を務め、1998年、「世界のウイスキーライター5人」の一人に選ばれた。著書に『シングルモルトウィスキー大全』(小学館)、『竹鶴政孝とウイスキー』(東京書籍)など多数。
そうした経歴の著者だから、日本のウイスキーに止まらず、世界各地のウイスキーまで視野を広げて紹介しているのが特徴だ。構成は以下の通り。
はじめに 来るべきジャパニーズウイスキー100周年に向けて 序章 ウイスキーの基礎知識 第1章 日本人とウイスキー 第2章 広告戦略から見るジャパニーズウイスキー全盛期 第3章 ジャパニーズウイスキー躍進の秘密 第4章 各地に増え続ける注目蒸留所と蒸留酒ビジネス 第5章 ジャパニーズが世界に冠たるウイスキーであるために おわりに ジャパニーズウイスキーの幸運
類書にない内容として、「第2章 広告戦略から見るジャパニーズウイスキー全盛期」が挙げられる。1950年代後半、ウイスキーの広告戦争は始まった。サントリーの前身・寿屋の宣伝部に開高健、山口瞳など才能あふれる面々が集ったこと、ニッカウヰスキーもブラックニッカの特徴あるキャラクターで対抗したことなどが書かれている。
その後もニッカはオーソン・ウェルズ、サントリーは黒澤明監督をCMに起用するなど、「単に製品を推すのではなく、男としての生き方を示唆するような内容になっています。ウイスキーは男の飲み物であり、ウイスキーを飲む男はかっこいい――。そういう時代だったのかもしれません」と書いている。
シングルモルトブームの背景も詳しく書いている。原酒の蒸留所とブレンド会社とが完全な分業制だったスコットランドに対して、日本のメーカーはすべて一貫して自社で行っている。そのため日本のほうがシングルモルトをいち早くリリース出来たという。
また、国産シングルモルトのレベルが高く、おいしかったことも理由だ。ジャパニーズウイスキーの輸出額はこの10年で10倍に増えた。しかし、長い斜陽の時期をメーカーは原酒の仕込み量を減らすことでしのいでいた。このため原酒のストックが不足、熟成年代を表記した年代物が販売終了。年代表記のないノンエイジ商品として軒並みリニューアルされたのだ。増産を急いでいるが、熟成のピークに達するのは10年以上先だという。
第5章でジャパニーズウイスキーの問題点を指摘している。
・生産場所に関する規定がない→100%外国産ウイスキーでも国内で瓶詰めすれば「ジャパニーズウイスキー」 ・熟成しなくても「ウイスキー」→日本の酒税法には熟成についての規定がない ・"混ぜ物"は9割までOK→醸造アルコールを使っても「ウイスキー」と名乗れる
土屋さんは、酒税法の問題点を指摘、このままではジャパニーズウイスキーのブランドイメージが地に落ちかねないと警告している。
2023年はジャパニーズウイスキーが誕生して100年にあたる。日本酒や焼酎については、文化とともに語る人が多いが、ウイスキーについて語る人は少ない。いま焼酎メーカーがウイスキー作りを目指すのは、世界進出への意欲からだという。新しいウイスキーが生まれる可能性に著者は期待している。
BOOKウォッチでは、『ウイスキーの科学』(講談社ブルーバックス)、『バーテンダーの流儀』(集英社新書)などを紹介済みだ。
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