国内の酒の消費量は1990年代半ば以降減り続けているという。人口の減少と、同時に進む高齢化をみれば、酒に限ったことではなかろうが、市場のサイズダウンは当然だろう。ところが酒類のうちでもウイスキーは近年、サイズアップに転じ数年前からはブームと呼べる活況なのだという。
ブームの原因は、ハイボール人気の再燃や、NHKの朝ドラ「マッサン」の影響などが指摘されているが、本書『ウイスキーの科学』(講談社)では、日本産の「ジャパニーズ」の品質の良さが再認識されたことを重視する。「市場縮小の逆風」に耐えて生み出された「熟成」の効果が大きいという。
最初の国産ウイスキーが誕生したのは1929 年。それ以来、市場は「上り調子一本」だったが「1983年ごろを境に突然、縮小に転じた」。著者は69年に大学卒業してサントリーに入社。同社の研究所で10年余り、ウイスキーの貯蔵・熟成の研究に従事した。その間ウイスキーの市場は絶好調で、国税庁の統計によると83年の37万7000キロリットルがピーク。ところがこの後は減少の一途で2003年には10万キロリットルを割り込むなど「その縮小ぶりは半端ではなかった」のだ。
市場の縮小は08年に底を打ち、13年には10万キロリットルを超え、14年には12万5000キロリットルに伸びるなど上向きの勢いを加速した。本書は、ウイスキー市場が回復に転じたころの09年に出された同タイトルのものに加筆するなどして新たに出版された。副題が「知るほどに飲みたくなる『熟成』の神秘」から「熟成の香味を生む驚きのプロセス」に変わった。
かつてウイスキー需要の拡大に貢献したのは昭和のサラリーマンらだろう。1960年代後半ごろから、スナックなどでの「ボトルキープ」が始まり、同僚らの間で「あの店にはオレのボトルが...」などと自慢のネタになったものだ。時代に合わせた大衆向けの酒として受け入れられたとみられるが、その後、焼酎や焼酎製品にその役割が移り、ウイスキーにお呼びがかからなくなった。
ウイスキー復活を願うメーカーなどが市場に投入したのがハイボール。側面から「おしゃれな飲み物」のイメージ作りに努め、居酒屋などでもオーダーを増やしている。
著者はハイボールもさることながら...と、ジャパニーズの高品質が再認識されたことを強調する。本書は、ウイスキーの「美徳の味」を知ってもらいたいと著した研究者としての側面からの応援だ。
「ウイスキーのプロフィール」の基本的理解として、世界5大ウイスキーとされるスコッチ、アイリッシュ、アメリカン、カナディアン、ジャパニーズの質や特徴を紹介。そして製造工程に触れ「10年貯蔵の原酒の場合、貯蔵が製造期間の99%」と、ウイスキー造りに費やされる時間のほとんどは貯蔵であることを説明。そして、本書のメーンテーマである「熟成」のプロセスに及ぶ。貯蔵の間に樽の中では何が起きているか、科学がいまだ解き明かせない謎があり、そのことに「新説」をまじえて迫る。
ウイスキーには、単一の蒸留所で造られたモルトウイスキー(大麦麦芽原料)だけをボトルに詰めた「シングルモルトウイスキー」や、複数の蒸留所のモルトウイスキーと、トウモロコシなどを原料したものを合わせた「グレーンウイスキー」を混ぜた「ブレンデッドウイスキー」などがある。
作家・村上春樹さんのスコットランド・アイルランド紀行「もし僕らのことばがウィスキーであったなら」では「シングル・モルトの世界」に触れ、シングルモルトに「パーソナリティー」が宿っているから「スコッチに氷を入れてもいいけれど、シングル・モルトには氷を入れてはいけない」と述べられていた。本書で著者は「非常に長い間、樽で貯蔵してきたウイスキーを、ほかのものを混ぜて飲むというのはあまりにもったいない、というのが私の素直な感覚だけれど、近頃では、飲み方に過度にこだわるのはよくないかな、と思っている」という。
著者はあるとき、スコットランド・アイラ島でウイスキーの師である友人が「すました顔でシングルモルトのハイボールを注文した」のをみて、まねをしてみたのだが「これは結構いけた」。「なにごとも、ものは試し」という教訓を得たという。
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