新潮社のビジュアルブック「とんぼの本」の新刊として『怪人江戸川乱歩のコレクション』が出た。日本の推理小説界を長年牽引した江戸川乱歩(1894-1965)は、名探偵明智小五郎や怪人二十面相の産みの親だが、一方では猟奇的・幻想的な作品を発表したため面妖なイメージもある。いったい乱歩とは何者なのか。東京・池袋に今も残る乱歩邸に残されたさまざまなコレクションから、その素顔を探る。
乱歩が1934年から30年あまり暮らした池袋三丁目の邸宅は、2002年に膨大な蔵書や資料とともに隣接する立教大学に移管され、その後、立教大学江戸川乱歩記念大衆文化研究センターが設立され、整理と研究が進んでいる。現在は週2日、旧乱歩邸の一部が公開されている。
本書はビジュアルブックだけに豊富な写真で邸宅の内部やコレクションを紹介している。無残絵、人形、顕微鏡やカメラなどの器械、マジック小道具、帽子などから乱歩の嗜好がうかがえる。その中でトランクや山のような地図などの旅道具が印象に残る。蔵書に囲まれて執筆した印象が強い乱歩だが、青年期には放浪した時期があった。著者の一人、浜田雄介・成蹊大学教授の「人間乱歩の歩んだ道」によると、朝日新聞に「一寸法師」を連載した後、自らの世界の古めかしさに耐えられず、1927年に休筆を宣言。早稲田大学正門前の下宿屋の権利を購入し妻に経営を任せ、自らは放浪の旅に出る。関西や名古屋に足を運び、翌年「陰獣」を「新青年」に発表、その方向性を全面的に支持したのが編集長の横溝正史だった。
終の棲家となった池袋の邸宅には、記録魔、整理魔でもあった乱歩の癖がうかがえる秘蔵のアルバムや乱歩が自身にかんするあらゆる記録をスクラップして作った「貼雑年譜」全9冊も残っている。中には芸術写真風の若い女性のヌード写真も。
著者の一人で立教大学江戸川乱歩記念大衆文化研究センター学術調査員の落合教幸さんは15年間にわたって資料整理をしてきた。857カットの写真に着物や洋服、置物など乱歩邸の土蔵にあった日用品もデータとして記録したという。ここまで生活のすべてを後世に残している作家は乱歩くらいではないだろうか。
変な人、怖い人というイメージのある江戸川乱歩の本名は「平井太郎」。著者の一人で乱歩の孫の平井憲太郎さんによると、自分では「江戸川です」と名乗っていたという。「平井太郎ではふつう過ぎて誰にもわからなかったんじゃないですか(笑)」。生身の「怪人」の全貌がわかり、怖い作品も怖くなくなるという副作用はあるが、人間乱歩に親しみがわくことは間違いない。
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