本書『昨日星を探した言い訳』(株式会社KADOKAWA)が話題のようだ。今最も注目を集める作家の一人と言われる河野裕さんが、作家生活10年の集大成として書いた長編小説。過去一年間で最も面白いと評価されたエンタテインメント小説に贈られる、第11回山田風太郎賞候補作品(選考会は今月16日)。また、全国の書店員、出版社の垣根を越えた編集者から熱い声が続々と寄せられている。
「あのころ僕は、彼女に恋していた。この一文に嘘があるなら、過去形で語ったことくらいだ」――。平等な社会を創るため総理大臣になりたい少女と、すべてに公平かつ潔癖でありたい少年。二人が出会って恋に落ち、共に戦う「愛と倫理の物語」である。
河野裕さんは、1984年徳島県生まれ。大阪芸術大学卒業。兵庫県在住。2009年『サクラダリセット CAT, GHOST and REVOLUTION SUNDAY』でデビュー。主な著作に、TVアニメ化、実写映画化された「サクラダリセット」シリーズ、「つれづれ、北野坂探偵舎」シリーズ、『ベイビー、グッドモーニング』、15年大学読書人大賞を受賞した『いなくなれ、群青』から始まり累計100万部を突破した「階段島」シリーズなどがある。
本書の構成は以下のとおり。「一四歳」「一七歳」「二五歳」の3つの年齢と、「坂口孝文」「茅森良子」の2人の視点が、交互に入れ替わる形式で進行していく。
第1部 一四歳 すべての愛はたったひとつの言葉を忘れるための過程だ。
第2部 一七歳 いつか本物の愛をみつけるために、それに似たものの話をしよう。
幕間 二五歳
舞台は、全寮制の中高一貫校である制道院学園。坂口と茅森の卒業後、廃校が決まった。二五歳の坂口が南京錠のついた門をよじ登って越えた場面から、物語は始まる。卒業して七年。坂口には忘れることのできない「新品のまま氷漬けになっていつまでも変わらない感情」があった。
坂口と茅森が一七歳だった、八年前の八月二七日。坂口は茅森を裏切った。二五歳になった今も、その罪を償っていない。そこで坂口は茅森に手紙を出した。「八月二七日の午後六時に、制道院でお待ちしています」――。そして今、廃校になった制道院で茅森を待っているところなのだ。
坂口孝文は声にコンプレックスがあり、意図的に寡黙を貫いていた。本ばかり読んでいる、勉強のできる生徒だった。中等部二年生の始業式の日、緑色の目をした茅森良子が転入してきた。そして茅森の言葉に、坂口は息を呑んだ。
「将来の目標は、総理大臣になることです」――。この国の歴史には、緑色の目をした総理大臣も、女性の総理大臣も存在しない。その両方を同時に成し遂げるというのだろうか......と坂口は違和感を抱く。しかし、背筋を伸ばして立つ茅森には気負いも照れもなく、ただ自信だけが感じられた。
「茅森良子は天才だった。......彼女が持つ時間の大半を――自身の価値観に委ねられる才能だった。彼女はどこまでも頑固で、誠実に意地を張って生きていた」
茅森は優秀で、その姿勢を徹底していた。反感を買うことも多かったが、「硬く巨大な岩のように力強く荒波を打ち砕いていた」。そんな中、同じ図書委員になったことから坂口と茅森に接点が生まれる。
茅森良子は、児童養護施設で育った。一〇歳になったころ、施設の有力な出資者だった映画監督・清寺時生に引き取られた。なぜ清寺が茅森の里親に名乗り出たのか。茅森の母親は生前、四本の映画に主演した女優であり、そのすべてが清寺時生の作品だったという縁があったのだ。
茅森が総理大臣になろうと決めたのは、一一歳のころだった。ある日、立ち入り禁止だった清寺の書斎に好奇心でこっそり忍び込んだ。そこで清寺の未発表の脚本「イルカの唄」を見つけた。それは「倫理観が研ぎ澄まされた世界の、優しいだけの物語」だった。半分ほど読んだところで清寺に見つかり、今もその結末を知らない。この「イルカの唄」が、茅森にある信念を芽生えさせた。
「私はイルカの星が欲しいのだ。不条理なものが、ただのひとつもない星が」
茅森は「イルカの唄」を読んだとき、はじめて、長い夜が明けるところを想像できた。そして「現実のこの星で、夜が明けた景色をみられるなら、どんな苦労だって背負い込んでやろう」という気になり、総理大臣を目指すことにした。
この国では、人間はふたつに分類されている。一方は黒い目をした人間、もう一方は緑色の目をした人間だ。茅森は孤児として、緑色の目をした人間として、「不条理なもの」を感じて生きてきた。
「私は、私自身を弱者として扱うことをやめた。身の回りの、不確かな、でも重たい不条理なものを、すべて呑み込んで私の力にするために制道院にきた」
清寺が亡くなったことで、「イルカの唄」は所在不明の、幻の脚本となっていた。清寺が制道院の卒業生であることから、茅森は「イルカの唄」がここにあるのではないかと考えた。図書委員になったのは、「イルカの唄」を探すため。茅森は坂口にこの秘密を打ち明け、ふたりは「イルカの唄」を探し始める――。
読み進めていくと、坂口と茅森の信頼関係は深まり、良き理解者、同志となる。そして互いに特別な感情を抱くようになる。では一体なぜ、坂口は茅森を裏切ったのか。それはどんな裏切りだったのか。
「彼は間違いなく私の理解者だった。もっとも親しい友人で、いくつかのすれ違いを回避できていたなら、きっと恋人になっていた人だった。でも実際には坂口は、私をもっとも深く傷つけた人になった」
その裏切りとは、坂口が茅森を大切に想うあまり、茅森を傷つけたくない一心でしたある選択だった。彼女を守ろうとして、返って裏切る結果になってしまった。そして冒頭のシーンである。八年を経て、坂口が行動を起こした。果たして、茅森は現れるのか。裏切った者と裏切られた者は、再び分かり合うことができるのか――。
河野さんは、インタビューでこう語っている(カドブンより引用)。
「本作を書いたことで、『私はなにを正しいと感じるのか?(あるいはなにを誤りであると感じるのか?)』ということについての視界が広がったように思うので、そのことに非常に満足しています」
本書は、ちょっと理屈っぽく、でも純粋で、真っ直ぐなふたりの視点から、見落としたり聞き流したりしそうなこともきちんと言葉にしている印象を受けた。「倫理の物語」とあるが、人間のあらゆる種類の感情と一つひとつ丁寧に、真摯に向き合った作品だと感じた。
本当の優しさとはなんだろう。本当の誠実さとはなんだろう――。自分にとっての優しさ、正しさ、善意というものが誰にもそのとおり伝わるとは限らないし、自分の考えが絶対ということはないと教えられた。
本書は、「カドブンノベル」2020年1月号~7月号の連載に加筆修正したもの。本書が河野さん初の単行本となる。
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