入学式や卒業式、運動会など学校行事のたびにうたわれる校歌。学校ごとに校歌があり、それをうたうのが当たり前のように思っているが、世界的には稀なことだという。本書『校歌の誕生』(人文書院)は、日本特有のひとつの「文化」である校歌がどのようにして生まれ、作られたのかを歴史的に検証した学術書である。
著者の須田珠生さんは1990年生まれ。お茶の水女子大学卒。京都大学大学院人間・環境学研究科博士後期課程研究指導認定退学。博士(人間・環境学)。日本学術振興会特別研究員を経て、京都大学人文学連携研究者。
本書によると、校歌の歌詞や楽曲の類似性や校歌の歌詞によまれた景観に注目した研究はいくつか存在するが、歴史的な視点から校歌を調べた研究はごくわずかしかないという。学校教育でうたわれる歌のなかでは、戦前の唱歌の研究に目が向けられていたこと、校歌制定にかんする史料があまり残っていないことなどがその理由だ。
法令で校歌の制定は義務付けられていないのに、なぜ校歌が作られてきたのか、明治にさかのぼって解き明かしている。
本書の構成は以下の通り。
序 本書の視角 第1章 文部省による唱歌認可制度の実施 第2章 各学校における校歌作成の意図 第3章 校歌と郷土教育運動との関わり 第4章 文部省による唱歌への規制と校歌の扱い
1872(明治5)年に学制が公布されたが、音楽の授業が実際に行われるまでには長い時間がかかったという。教授法が整っておらず、「唱歌」の授業を行う教員や教材も不足していたからだ。高等女学校で1899(明治32)年、小学校では1907(明治40)年に必修となったが、旧制中学校では1931(昭和6)年になってからだった。
授業は行われなかったが、1891(明治24)年の文部省令で祝日大祭日儀式の際に、唱歌を合唱することが定められた。2年後には「君が代」などの8曲が制定された。この間、学校が独断で唱歌を選択することは禁じられ、道府県を通じて文部省へ事前に申請し認可を得る必要があったというから、ずいぶんと手間がかかる話である。
自校の校歌を選択し、申請し認可された学校があった。東京市下谷区忍岡尋常高等小学校(現東京都台東区忍岡小学校)だ。1893(明治26)年のことである。
従来、日本で最初の校歌は1878(明治11)年に作成された東京女子師範学校の校歌であるとされてきた。しかし、同校の『学校一覧』などによると、1878年の時点では「校歌」として作られたわけではなかった。「学道(まなびのみち)」という唱歌が同校の式典・儀式の際にうたう唱歌としての役割を経て、1900(明治33)年に校歌という形になった。当初から校歌であった訳ではないので、日本最古とするのは議論の余地がある、としている。
文部省による唱歌への統制は、さらに強化された。1894(明治27)年には、学校内でうたう、すべての唱歌に対して文部大臣の認可が必要となる。実際には唱歌教育が手つかずだったから、ほとんどの学校で無関係な法令だった。
統制の理由として、須田さんは社会に卑猥な俗曲が蔓延していたこと、撲滅のため採用した軍歌にも「愚劣な歌詞」を含むものが出版されるようになり、学校側に混乱が生じたからだ、と書いている。
結果的に学校でうたう軍歌を統制する思惑が校歌を取り締まる法令になった。
第2章を読むと、校歌についての常識がくつがえる。長崎県の5つの尋常小学校ではほぼ同一の歌詞の校歌がうたわれた。これは全国で見られた現象だという。全国のどの学校でもうたわれる「校歌」という曲名の唱歌を掲載した本が発売された。
その後、東京音楽学校(現東京藝術大学音楽学部)に校歌の作成を委託する学校が増え、一学校一校歌という構図が確立されていったことを詳しく分析している。本来、学校が作詞家、作曲家に依頼し、報酬を支払うべきなのだが、東京音楽学校に委託したのだ。後に料金体系も明確になる。
当初はほとんど見られなかった学校の周辺環境を表す語句が、大正期に入り、うたわれるようになり、独自性を持たせるようになった。
「学校は、文部省による政策的な統制を所与の条件としながらも、そのなかで自校の独自性を打ち出す手段として、校歌を利用したのである」
1930年頃を境に全国的に校歌が普及した。その背景には「郷土歌」としての校歌の側面があったという。郷土教育運動が起こり、校歌は児童、生徒だけではなく、その地域に住む人々によってうたわれる歌になっていったのだ。
本書の対象は1945(昭和20)年の戦前までだが、1980年代には校歌の世代交代が行われ、「校訓や地理的環境、校名を歌詞によまない、あるいはシンガー・ソングライターやポピュラーソングを手掛ける作詞家、作曲家に作成を委託し、『ポップ調』になっている」校歌が登場していることに触れている。
一般の人が校歌を意識するのは、全国高校野球選手権大会で勝ったチームの校歌が斉唱される場面くらいだろう。自明のものと思っていた「校歌」に、さまざまな歴史的背景があったことを教えられた。
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