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天皇陛下が白馬にまたがって防空壕に現れ、お粥を恵んで下さる夢をみた!

戦争童話集

 夏になると、公立図書館では「戦争」に関した本が特集的に並べられる。評者が利用している都心の図書館でも、館の入り口付近の棚に意欲的な特集が組まれていた。そこで本書『戦争童話集』(中公文庫)を見つけた。著者は野坂昭如さん(1930~2015)。単行本として1975年に刊行され、80年に文庫化。2003年に改版され、その後も増刷が続いている息の長い本だ。

静かに反戦と平和を訴える

 野坂昭如さんは、作家としては二つの顔を持つ。一つは『エロ事師たち』など社会の裏面を描いた作品の著者。サングラス姿のいかがわしい風貌とマッチしている。もう一つは『火垂るの墓』など戦争の悲惨な体験をもとに、静かに反戦と平和を訴えかける作品。こちらにはいかがわしさはない。

 後者に分類される本書には、「小さい潜水艦に恋をしたでかすぎるクジラの話」「青いオウムと痩せた男の子の話」「干からびた象と象使いの話」「凧になったお母さん」「年老いた雌狼と女の子の話」「ウミガメと少年」など12の短編が収められている。

 「小さい潜水艦・・・」は、日本軍の潜水艦を仲間だと勘違いしたクジラの話。結局、米軍の機雷の標的になって爆死する。「青いオウム・・・」は、オウムをかわいがり、防空壕の中にまで持ち込んでいた8歳の少年の話。オウムも少年も空腹のまま死んでいく。「干からびた象・・・」は戦況の悪化で動物園の動物が処分され、かろうじて生き残った象も風前の灯になった話。「凧になったお母さん」は、空襲の後、決まって吹く強い風に乗せられ、凧のようになって宙に消えたお母さんを待つ幼女の話。母の後を追うように幼女も空に消える。

 どの話も8月15日にまつわるストーリーになっている。終戦を告げる天皇陛下のラジオ放送が流れても、戦争は終わらず、なお苦難と悲劇が続いていたことが、さりげなく綴られている。

「それ、童話になるなァ」

 野坂さんは戦争で悲惨な体験をしたことで知られる。それをもとに、『火垂るの墓』を書いて直木賞を受賞した。のちにスタジオジブリのアニメとなり、不朽の名作として記憶され続けている。「焼跡闇市派」と称して戦争体験を引きずりつつ、雑誌「面白半分」編集長、タレント、作詞家、テレビやCM出演、選挙への立候補など多彩な活動で知られた。

 本書『戦争童話集』を書くきっかけは、1971年、「婦人公論」の編集部員に「潜水艦に恋をした鯨」の話をしたことだという。「それ、童話になるなァ」と言われたものの、「たわいもない子供向け読みものとしての童話、実際どんな風に書けばいいのか、見当もつかなかった」と振り返っている。どの作品も、冒頭を「昭和二十年、八月十五日」とすることで、気分として書きやすくなったという。

 主人公は、常に殺される側。「戦争でひどい目に遭うのは、生物として生きる上で弱い立場のもの、人間、動物、植物すべて、戦争において、殺される側」だと強調している。読者の年齢は考えなかったが、「文体を、自分では平易にしたつもり」と「改版のためのあとがき」に記している。

あの「八月十五日」は何だったのか

 この「あとがき」では当時の世相についての思いも書いている。「1970年」が、戦後の一つの節目だったという。

 「『万博』という賑やかしのあとをひいて、日本は高度経済成長まっ盛り。日本の人口の三分の二ほどは、まだ、鉄の臭い血の臭いを忘れていなかったと思うが、眼先きの繁栄にとりまぎれ、泥沼のベトナム戦争は他人ごと、焼跡闇市の記憶消滅、さらにアジヤ、太平洋戦争の記憶は、ゆるやかなものだが、封印された」
 「ぼくは逆で、・・・中年にさしかかり、・・・あの『八月十五日』何だったのかという思いは底に澱む。・・・夢にも思わなかったまぎれもない豊かさを具体的に手にしながら、あやふやな感じがつきまとう」

 戦争や焼跡・闇市の記憶を封印して、高度成長を謳歌する世間への違和感。今日の地震や災害も同じだが、自分が直接の被害者の場合には、痛恨の記憶は簡単には癒えない。野坂さんは敗戦直前、「妹といる横穴壕に、天皇陛下が愛馬白雪にうちまたがれ、お粥を恵んで下さる白中夢をみた」ことがあるという。「海往かば」の音楽が重く鳴り響いていた。

 本書収録の「八月の風船」では、日本軍の風船爆弾のことをテーマにするなど、戦争秘史についても触れられている。ただし、本書執筆の時点では、「沖縄」と「原爆」、旧満州からの引き揚げ者をテーマにしたものは、「書けなかった」という。

戦争をしてはならない

 野坂さんは2015年に亡くなった。近年の有名人の葬儀では、各メディアに掲載された追悼の言葉がもっとも記憶に残る人だった。

 たとえば、五木寛之さんの言葉。

 「野坂昭如。それは僕らにとって単なる一個人の名前ではない。1960年代という反抗の季節に世に出た世代はあなたの名前をひとつの旗印のように感じていたのである」
 「・・・ジャーナリズムの底辺からボウフラのように浮上してきた私たちを、軽佻浮薄と笑う人々もいた。蛇蝎のようにさげすむ人もいた。『焼跡闇市派』と呼ばれ、『外地引き揚げ派』とからかわれ、時には偽善のマスクを、時には偽悪の衣をまといつつ、かっこよさとかっこ悪さを虚実皮膜の間に演じつつ私たちは生きてきたのだ」
 「野坂昭如は、そんな私たちの希望のともしびであり、さきがけの旗だった」

 各社によって多少、句読点などが異なるが、引揚者として苦労した五木さんならではの思いのこもったものだった。吉永小百合さんは弔電で『戦争童話集』に言及していた。野坂さんの妻の暘子さんのあいさつ文も、新聞に出ていた。

 「野坂が亡くなる間際まで言い続けて参りました大事な言葉。『戦争をしてはならない。巻き込まれてはならない。戦争は、何も残さず、悲しみだけが残るんだ』」

 サングラスに白いスーツ姿で知られた野坂さん。妻にだからこそ語った、「虚実皮膜」の「実」の部分だ。戦争は8月15日で終わった、ということになっているが、本当にそうなのか。すべてを忘れていいのか――本書はそんな思いを「童話」という形で伝えている。本書もまた「実」の部分と言えるだろう。

 出版元の中央公論新社からは、野坂さんの最新刊として、『新編「終戦日記」を読む』も7月末に刊行されている。

 BOOKウォッチでは、戦争関連で多数の本を紹介済みだ。『マーシャル、父の戦場――ある日本兵の日記をめぐる歴史実践』(みずき書林)は戦場で餓死を強いられた父の手記だ。『日本軍兵士』(中公新書)も兵士たちの悲惨な最期を伝える。コロナ禍との関連では『陸軍登戸研究所〈秘密戦〉の世界――風船爆弾・生物兵器・偽札を探る』(明治大学出版会)。このほか、『戦争とトラウマ――不可視化された日本兵の戦争神経症』(吉川弘文館)、『証言 沖縄スパイ戦史』 (集英社新書)、『漫画が語る戦争 戦場の挽歌』 (小学館クリエイティブ)、『反戦歌――戦争に立ち向かった歌たち』(アルファベータブックス)。『反戦映画からの声』(弦書房)、『戦前不敬発言大全』(パブリブ刊)、『兵士たちの戦後史――戦後日本社会を支えた人びと』 (岩波現代文庫)、『帝国軍人』 (角川新書)、『なぜ必敗の戦争を始めたのか』(文春新書)、『私の昭和史』(岩波新書)、『かくされてきた戦争孤児』(講談社)、『「駅の子」の闘い――戦争孤児たちの埋もれてきた戦後史』(幻冬舎新書)、『撫順戦犯管理所長の回想』(桐書房)、仲代達矢さんが戦争体験を語った『演じることは、生きること』(PHP研究所)なども紹介している。

 


 
  • 書名 戦争童話集
  • 監修・編集・著者名野坂昭如 著
  • 出版社名中央公論新社
  • 出版年月日2003年2月25日
  • 定価本体514円+税
  • 判型・ページ数文庫判・185ページ
  • ISBN9784122041653
 

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