読むべき本、見逃していない?

「今マデ 頑張ツタガ残念ダ」...餓死していく父の戦場日記、辛すぎる

マーシャル、父の戦場

 毎日のように新刊書を紹介しているが、版元の小出版社が、一冊の本のためにこれほど手の込んだ特設ページを作っているのは初めて見た。『マーシャル、父の戦場――ある日本兵の日記をめぐる歴史実践』(みずき書林)。本の概要にとどまらず、様々な写真や地図も掲載されている。それだけ出版社や著者の思いがこもり、気合いが入った一冊ということになるだろう。

涙が出て読み続けることができない

 いわゆる戦争モノだが、構成が複雑だ。冒頭は映画監督の大林宣彦氏へのインタビューから始まる。このほかにも多数のインタビューや研究者の論評などが収められている。骨子はこうだ。

 戦争末期の昭和20(1945)年4月26日、マーシャル諸島で日本兵・佐藤冨五郎さんが餓死した。39歳だった。死の数時間前まで日記を綴っていた。戦友がその日記を預かり、戦後になって日本に残された家族のもとに届けた。遺書のような内容も含まれていた...。

 佐藤さんの長男・勉さんは物心ついたころから、何度か日記を通しで読もうとした。しかし、涙が出て読み続けることができなかった。なにしろ餓死していく父の日記である。

「減食の為め全く腹が空いテタマラナイ」
「淋シイ頼りない日ハ幾日続クでアロウ」
「今マデ 頑張ツタガ残念ダ」
「ドウセ一度ハ死ヌンダ 斯シテ兵ハ死ニ行ク」

 絶筆は死の数時間前の一行、「日記書ケナイ 最後カナ」だった。日記には家族を心配する言葉もあった。

 「楽シイ時モ 苦シイ時モ オ前達ハ 互ヒニ 信ジ合 嬉シイ事ハ 分チ合ヒ 元気デ、ホガラカニ オイシイモノデモタベテクラシテ下サイ」

 東京でバスの運転手をしていた冨五郎さんは37歳で召集され、横須賀の海兵団に入団した。日記は43年から約2年間にわたって2冊の手帳に書き継がれていた。鉛筆書きだから、かすれて読みづらい個所もあった。しかも戦前の日本語の文体でつづられている。仙台でタクシー運転手をしていた勉さんは、東北大学の先生と思われる人物を乗せたとき、何度か日記の話をも切り出した。誰かに解読してもらえないでしょうかと。藁にもすがる思いだった。

厚生省の戦没状況通知では「敵の爆撃で撃たれた」

 2005年7月17日、たまたま仁平義明さん(現在は東北大学名誉教授)を乗せたことで運が開いた。「いいよ」と気軽に引き受けてくれたのだ。何日かたって、仁平さんのところに丁寧に包まれた日記が送られてきた。開けてびっくり、古ぼけてほとんど読めない状態だった。慎重にコピーするなどして判読作業を重ね、枢要な部分を10年、「佐藤冨五郎一等兵曹の遺書・戦場日記」として学会誌で公表した。こうして日記の存在が知られるようになった。その後、さらに多くの関係者の努力で「全訳」が完成、それが本書に収められている。

 近現代史研究で知られた藤原彰氏らによると、太平洋戦争の日本側戦死者230万人のうち、実に140万人の死因が文字通りの餓死。さらに栄養失調による戦病死が加わる。だが戦争中も戦後も、そうした悲惨な真実は伏せられていたようだ。佐藤冨五郎さんも厚生省の戦没状況通知では「敵の爆撃で撃たれた」と書かれていた。しかし遺族は、冨五郎さんをみとった戦友から最期の様子を聞いている。日記にも飢えのことが書いてあるから、厚生省の通知を信じていない。あの戦争では「140万人以上の佐藤さん」がいたことを日本人は忘れてはならない。

ドキュメンタリー映画もつくる

 本書編集の中心になったのは、大川史織さん。1988年生まれというから、ほとんど平成っ子だ。慶応大学政治学科を卒業後、マーシャル諸島で3年暮らし、地元の人たちの「オーラル・ヒストリー」の採録などをした経験がある。現在は国立公文書館アジア歴史資料センター調査員(非常勤職員)。

 マーシャル諸島は、29の環礁と1200以上の島からなるミクロネシアの環礁国。第一次大戦後に日本の統治下におかれ、アジア・太平洋戦争では約2万人の兵士が落命した。戦後はアメリカの信託統治領になって、度重なる核実験が行われ、54年の実験では第五福竜丸が被爆した。

 大川さんは、佐藤勉さんが父の慰霊で島を訪れていることを知り、旅路を追ったドキュメンタリー映画『タリナイ』をつくった。いまもマーシャルに伝わる日本語の歌やことば、各地に残る戦跡とともに、現在のマーシャルとそこで生きるマーシャルの人びとの姿も描いている。本書を紹介する出版社のHPに映画の上映スケジュールが掲載されている。

 本書には、日記の完成版や映画づくりなどに関わった多数の人の文章も収められている。歴史学や社会学の研究者、元マーシャル大使なども寄稿している。本欄では昨年、同じく太平洋の島を扱った本として、音楽家でエッセイストの寺尾紗穂さんによる『あのころのパラオをさがして 日本統治下の南洋を生きた人々』を紹介したが、寺尾さんも本書に一文を寄せている。そういえば文化勲章を受章した日本研究者、ドナルド・キーンさんも戦時中は、日本人兵士が遺した日記類の解読をしていたことを思い出した。

 大川さんはなかなかエネルギッシュな人のようだ。すでに次作の準備をしているという。寺尾さんと同じように、新世代のノンフィクションの書き手として、またドキュメンタリー映画作家としてこれからさらなる活躍が期待される人だ。

  • 書名 マーシャル、父の戦場
  • サブタイトルある日本兵の日記をめぐる歴史実践
  • 監修・編集・著者名大川 史織 著
  • 出版社名みずき書林
  • 出版年月日2018年7月25日
  • 定価本体2400円+税
  • 判型・ページ数A5判・406ページ
  • ISBN9784909710048

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