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新世代の「澤地久枝さん」を予感させる

あのころのパラオをさがして

 パラオ、と聞いて何を思い浮かべるだろう。名前は聞いたことがあるが、どこにあるか分からない。そんな人が多いかもしれない。

 フィリピンの東、ニューギニアの北、それぞれ1000キロほど彼方の太平洋に浮かぶ。いくつもの島で構成され、いちばん最近の出来事としては2015年、両陛下の慰霊の旅が話題になった。

本業はシンガー・ソングライター

 太平洋戦争末期、日本軍の守備隊約1万人がほぼ全滅し、生き残ったのはわずか34人・・・。本書はそのパラオを訪ねたルポであり旅行記だ。『あのころのパラオをさがして』というタイトルから、激戦地再訪かと早合点してしまいそうだが、必ずしもそうではない。

 今では余り知られてないが、実はパラオと日本は縁が深い。第一次大戦のあと、ドイツの植民地から日本の委託統治領になり、多数の日本人が移住した。南洋庁という役所まで置かれ、1943(昭和18)年の調査では居住者3万数千人のうち7割以上が日本人だったという。

 日本人を中心とした街がつくられ、学校もあった。『山月記』で有名な作家、中島敦は42年ごろ、南洋庁に勤め、現地用の教科書を編さんしていた。本書の著者の寺尾紗穂さんがパラオに興味を持ったのは、中島敦の本を読んだのがきっかけだ。すっかり忘れたられた日本との深い歴史的なかかわりを念頭に、今のパラオを訪れている。

 寺尾さんの本業は、10年前にメジャーデビューし、何枚ものアルバムを出しているシンガー・ソングライター。CM曲も手がけ、わらべ歌の蒐集も続けている。大昔の森田童子のように、全国の小さな会場を回ってコンサートもしているようだ。ネットで調べると、「骨壺」などという風変わりなタイトルの曲もある。

 同時に、ノンフィクション作家として『評伝 川島芳子 - 男装のエトランゼ』(文春新書)、『原発労働者』(講談社現代新書)、『南洋と私』(リトルモア)なども刊行している。30代半ば、3人の子供がいるという。地方紙などでエッセーも連載している。東京大学大学院総合文化研究科修了。かなりの才人と見受けられ、多彩な活動が、これからさらに様々なかたちで注目されそうな人だと推測できる。

「ここから先は録音テープを止めて」

 15年の両陛下の慰霊の旅では、九死に一生を得た旧日本兵が現地で出迎えた。「万感の思い」を伝える報道が目立った。さらには遺骨収集や慰霊で奔走してきた現地の日系人の美談や、多くのパラオの人々が沿道に出て、日本の国旗を振りながら両陛下を歓迎した、などという記事が多かった。

 総じて「パラオの人は親日的」といわれる。とはいえ本書では、現地の古老から聞き書きの途中で、「ここから先は録音を止めて」と言われたり、「この話は、日本人にはできない」と拒絶されたりした経験も織り交ぜている。さらに、現地の日本軍が戦争末期、食糧不足に陥り、口減らしのため島民の虐殺を計画していたことなどにも触れられている。

 沖縄、グアム、サイパンなども同じだが、かつての激戦地は今や観光地に様変わりし、青い平和な海を取り戻している。パラオは日本から約5時間。直行便もあり、戦争で海に沈んだ船や航空機をたどるダイビングが盛んだと聞くと複雑な気分になる。

 著者はパラオだけでなく、パラオからの帰国者が集団で移住した宮城県蔵王町の北原尾や、宮崎県小林市の環野もたずねて証言を集めている。そして「あとがき」でこう記している。

 「インターネットで全てがわかったような気分になってしまう時代にあっても、世の中には、そういうことが確かにあって、ネットには載っていないひそやかな物語がいくつも、過去の時間や今現在の中に埋もれているんだと、改めて肝に銘じることになった」

 全体に抑制の効いた、しかし味わいのある文体。本書が、文芸誌「すばる」の連載だったというのもうなずける。歴史のかなたに消えたたような貴重な関連文献も探し出し、丁寧に紹介、すでに朝日新聞や共同通信の書評でも取り上げられている。著者が将来、現代史をテーマに、澤地久枝さんのようなポジションの人になるかもしれないということを予感させる一冊だ。

  • 書名 あのころのパラオをさがして
  • サブタイトル日本統治下の南洋を生きた人々
  • 監修・編集・著者名寺尾紗穂 著
  • 出版社名集英社
  • 出版年月日2017年8月 4日
  • 定価本体1700円+税
  • 判型・ページ数四六判・224ページ
  • ISBN9784087711172
 

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