8月になると、戦争の臭いがよみがえってくる。大手書店にはコーナーが設けられ、多数の本が並ぶ。その中からどれか一冊、ということになれば本書『日本軍兵士』(中央公論新社)は有力候補になるだろう。「アジア・太平洋戦争の現実」というサブタイトルが付いている。2017年12月の刊行だが、ロングセラー。これまでに数十のメディアの書評で取り上げられ、アジア・太平洋賞特別賞、新書大賞を受賞している。
本書の最大の特徴は、兵士たちの最期が、実は悲惨なものだったということを克明に伝えたことだろう。「壮絶な戦死」の実相を、これでもかというくらい綿密に綴っている。
アジア・太平洋戦争の日本人の戦没者は、日本政府によると、約310万人。軍人・軍属が約230万人、外地の一般邦人が約30万人、空襲などによる日本国内の戦災死没者が約50万人。この中で多数を占める軍人・軍属はどんなかたちで死を迎えたのか。
目立つのが「餓死」だ。栄養失調による餓死と、栄養失調による体力消耗でマラリアなどに感染して病死した広義の餓死を合わせると140万人(61%)と見るのが元一橋大教授の藤原彰氏(『餓死した英霊たち』)。これを過大とする現代史研究者の秦郁彦氏も、37%という餓死推定率を示し、「内外の戦史に類を見ない異常な高率」(『旧日本陸海軍の生態学』)と指摘しているという。どちらにしても相当な数字だ。
昭和天皇もこの実態を把握し、「将兵を飢餓に陥らしむるが如き事は」自分としてもとうてい耐えられない、よく軍令部総長にも申し聞かせ、「補給につき遺憾なからしむる如く命すべし」と指示していた。これは1943年9月7日のことだが、むしろその後の戦況悪化で「餓死」は増えていく。
戦場における栄養失調はすでに日中戦争のころから起きていた。下痢が止まらず、痩せ衰える。無表情になってほとんど言葉を発しない。ついには燃え尽きるロウソクのごとく鬼籍に入る。あるいは突然虚脱状態になり、心臓マヒや呼吸マヒになるケースも。
その理由について、軍医らは慢性的な栄養失調、戦争過労、アメーバ赤痢など病原菌との関連も含めていろいろ探ったが、当時は突きとめられなかった。戦後の研究では、単なる栄養不足にとどまらず、ストレス、恐怖などによる神経症、摂食障害、拒食症も含まれているという説も出ているそうだ。
「餓死」につづいて多いのが「海没死者」だ。ざっと35万人。兵士の輸送船の大部分が民間から調達した貨物船で、船倉に大量に詰め込んでいたことが大きいという。アメリカの潜水艦に攻撃された時、ぎゅうづめだからすぐに逃げ出せない。
運よく海に飛び込んだ後も「水中爆傷」が致命傷になる。身体の外部には何ら損傷がないのに、開腹すると、腸管が数か所破裂している。これは水中を泳いでいるときに敵弾による爆発に遭遇、その結果、肛門からの水圧が腸内に波及し、内部から腸壁を破った結果だということがわかった。軍医が、「これほど苦しむ患者を診たことがない」というほど凄惨な死を余儀なくされる。
形式上は「戦病死」とされているものの、実態は異なる死も多かった。代表格が「自殺」「自決」だ。その実数は不明だが、絶望的抗戦期の部隊史や戦記を調べると、自ら命を絶った兵士のことが多数記録されているという。
負傷したり、病気になったりして足手まといになった兵士に、捕虜になることを禁じた「戦陣訓」が重くのしかかっていた。硫黄島の死闘から生き残った兵士の一人は、敵弾による戦死は3割程度、自殺が6割と書き残している。
さらに怖いのが「処置」だという。上官の命令による「他殺」である。1943年5月のアッツ島では、最後の総攻撃に参加できない傷病兵には自決を強要、もしくは殺害。44年のインパール作戦でも退却行軍の最後尾には「収容班」がつくられ、歩けない兵士には自決の勧告、応じなければ射殺された。それが「処置」の意味するところだった。衛生兵が「熱が下がり元気になる薬」を注射することもあった。
こうした「戦場の現実」から逃避するため、銃で「自傷」する兵士もいたという。敵の攻撃で負傷したはずの兵士の傷口に、至近距離で発砲した際に生じる硝煙の黒い残りカスがついている。負傷兵の扱いになって前線を抜け出そうというわけだ。その摘発が軍医や衛生兵の任務になったが、いたたまれず見逃すことも多かったという。
食料も武器も補給も支援もない。敗色が濃くなり、絶望的な状況になると、軍規もどこかに吹っ飛ぶ。「インパール」では数人から20~30人の強盗団が出没した。皇軍の兵士が、味方の食糧を強奪するのだ。飢餓がさらに深刻になると、あちこちの戦場で人肉食のための殺害が横行するまでになった。食料を求めて勝手に隊を離れ、捜索隊に見つかった兵士は、逃亡兵として軍法会議の手続きを踏まずに射殺された。
深作欣二監督が映画化した『軍旗はためく下に』や、原一男監督の『ゆきゆきて、神軍』、水木しげるさんの漫画『総員玉砕せよ!!』(講談社、水木しげる漫画大全集)などで活写されている「地獄図」の世界だ。
本書はこのように、兵士を軸に、兵士の立場で戦争の実相に迫る。実際に戦争になり、兵士になった時、どんな境遇に置かれたか、そこでは世にも悍ましいことが起きうることが本書を通じて追体験できる。
なぜ戦争が始まったのか、どうして長引いたのか、責任は誰にあるのか、というような大所高所の話よりも、リアルで身につまされる。
戦争末期のルソン島では、日本軍にとって一番の敵は米軍、二番目は地元フィリピン人のゲリラ、三番目は守地を離脱し流浪化して友軍の食料を狙う日本兵の一群だったという。強盗殺人もいとわない彼らは「ジャパンゲリラ」と呼ばれていたそうだ。
本欄では、太平洋戦争で最も無謀といわれる作戦のインパール作戦について、NHKスペシャル取材班が全貌に迫った『戦慄の記録 インパール』(岩波書店)を紹介済みだ。また、戦争における餓死については『マーシャル、父の戦場――ある日本兵の日記をめぐる歴史実践』(みずき書林)、精神疾患については『戦争とトラウマ――不可視化された日本兵の戦争神経症』(吉川弘文館)も紹介している。
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