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成功=幸福ではない! 中田敦彦「しくじりの自叙伝」

幸福論

 芸人として挫折して、YouTuberになってわかったこと。はじめて語る、家族のこと――。お笑いコンビ・オリエンタルラジオの中田敦彦さんによる本書『幸福論――「しくじり」の哲学』(徳間書店)は、栄光と挫折の目まぐるしい浮き沈みのなかで中田さんが目にしてきたものを赤裸々に綴った自叙伝である。

 「この本では自分の来し方を振り返り、行く末を見定める試みをしたい。出来事ベースというよりも、そのときどきでなにを思い感じたのか。そしてこれからどうしようと考えているのか。成功と幸福の関係を知るための『しくじりの自叙伝』を綴っておこうと思う」

いきなりブレイクするも......

 中田敦彦さんは1982年生まれ。2003年、慶應義塾大学在学中に藤森慎吾さんとオリエンタルラジオを結成。04年、リズムネタ「武勇伝」でM‐1グランプリ準決勝に進出して話題をさらい、ブレイク。お笑い界屈指の知性派として、情報番組のコメンテーターとしても活躍。14年、音楽ユニット「RADIO FISH」結成。16年、楽曲「PERFECT HUMAN」でNHK紅白歌合戦出場。18年、オンラインサロン「PROGRESS」開設。19年からはYouTubeチャンネル「中田敦彦のYouTube大学」の配信をスタート。チャンネル登録者数294万人を突破(2020年9月時点)。

 「芸人」と言っても、司会、俳優、占い、オンラインサロン、YouTubeなど、最近はジャンルをまたいで活躍する人が多い。中田さんもその一人。プロフィールを見る限り、つねに新たな可能性を模索し、道を切り拓き、厳しい世界を生き残ってきた成功者に思える。しかし、自身はこう振り返る。

 「ぼくはこれまでに、いろんなことに手を出してきた。かなりの紆余曲折と浮き沈みを経てきた」

 思春期にエリート官僚になろうと決意して猛勉強を重ねたが、いつしかお笑い志望へと宗旨替え。運よく芸人になっていきなりブレイクするも、人気を永らえさせることはかなわず低迷。ダンスミュージックに活路を見出し紅白歌合戦にまで出演するも、奇襲作戦ゆえヒットは続かず。間髪を入れずオリジナルTシャツの物販を開始、見栄もプライドも捨てて、売るためになんでもやった。同時期にテレビからYouTubeへと主戦場を移そうと模索。さらにそれらと連動しながらオンラインサロンを開設し、現在に至る――。中田さんは、自身の半生をこのように総括する。

 評者は中田さんに対して、慶應卒のインテリ芸人、隙がない、ひたすら昇りつめてきた人、というギラギラしたイメージを持っていた。しかし、本書を読んでわかったのは、中田さんは人知れずもがき苦しみ、努力し、情熱を注ぎ、邁進し続ける人だということ。どうやらそのギラギラは、何事もとことん突き詰める中田さんの性分からにじみ出るオーラだったようだ。

生きる戦略の柱

 中田さんは、「変化と進歩のない退屈な毎日」をもっとも恐れていた。その内面を象徴する出来事が起きる。それは、あるバラエティ番組に「ひな壇芸人」の一人として出演したときのこと。その番組は当時5、6年続いていて、出演者の入れ替わりもあまりなく、安定した人気を誇っていた。そうした環境なら、安心して楽しく仕事に臨めそうなものだが、中田さんは違った。

 「もしも船(その人気番組)が不測の事態で沈みかけたら、自分は対処できるだけの力を蓄えているのかどうか」と気づき、怖くなったという。大事なのは、自分のスタンスを明確にすること、自分の価値観に基づいて時間を使っていくこと。いつだって目の前のものに熱中してしまうというもともともの性向があるのだから、これをなんとかプラスに活かしていくのがいちばんだろう、と考えた。

 「自分のなかで熱狂できるものを、つねに目の前に置いておく。そうしてまんまと自分をなにかに『ハマらせ』て、結果を出していく。それを生きる戦略の柱に据えようと決意した。ぼくの活動領域が幅広く(節操なく)、次々に新しいことをしていく印象があるとしたら、それはそうした決意によるものなのだと思う」

 「中田敦彦のYouTube大学」では、本を読み、内容を吸収し、出版社にも許可をとり、その本のおもしろさを新鮮なうちに届ける活動をしている。歴史、文学、物理、数学、ビジネスなど、ジャンルは多岐にわたる。現在の中田さんは、膨大な読書、撮影、オンラインサロンの活動に明け暮れる日々を過ごしているという。

「成功=幸福ではない」

 本書は「時間は嘘をつかない」「『知』は最高のエンターテインメント」「『前言撤回』精神」「『自分』とは現象の蓄積である」「最強にして万能の武器は、言葉」「良書には『知識』『思想』『感情』のすべてがある」「絶対勝者なんて存在しない」「普通ということ」など、計18のエピソードを収録。中田さんの栄光と挫折の経験、思考力、語彙力、笑いのセンス、そのすべてが活かされている。

 ここでは、タイトルにもなっている「幸福論」にふれておこう。強くなれば、成功すれば、幸福になれるのか――。「成功としくじりを繰り返す、終わらない祭り」のような毎日を生きる中田さんは、そんな疑問を抱いた。そして、成功と幸福の関係について考える。中田さんが描く、栄光と挫折の落差が印象的だった。

 「成功の光は強烈で、そしてそれは一瞬だ。太陽に雲がかかるように、それはすぐ陰る。成功すれば持ち上げられ、秘訣や行動哲学を訊かれる。いい気になって答えているうちに、もう次の成功者に皆の関心は移っていく。そうして静寂が訪れたときに、もう一度夜が訪れる。真夜中の深淵が孤立と無力を伝えに来たときに、自分を奮い立たせて歯を食いしばる」

 「まだやれることがある」と、何度も立ち上がり光をつかんできた。そんな中田さんの出した答えは、「成功=幸福ではない」だった。成功するためにがむしゃらにやってきた中田さんだが、もはや成功にはこだわっていない。

 「ぼくはあと数年で40歳を迎える。そのときの自分の立ち位置を、20代や30代のときには想像もつかなかったところにしておけたら最高だ。いくつになっても、自分の熱情の赴くままに動いていけたら......そういう自分になれるよう心から願っているし、そのために行動していきたいと思う」

 評者は年齢以外に中田さんとの共通点はなかったが、泥臭い生き方に感情移入しながらおもしろく読んだ。「いまお前は『変化と進歩のない退屈な毎日』に落ち着いていないか?」と、喝を入れられた気がした。本書は、気持ちを奮い立たせてくれる一冊。中田さんに関心のある人はもちろん、同世代、挫折、転職、起業、YouTuberなど、何かしら重なるところがある人にも一読をおすすめしたい。





  • 書名 幸福論
  • サブタイトル「しくじり」の哲学
  • 監修・編集・著者名中田 敦彦 著
  • 出版社名株式会社徳間書店
  • 出版年月日2020年8月31日
  • 定価本体1350円+税
  • 判型・ページ数新書判・264ページ
  • ISBN9784198651428
 

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