先日、昨年亡くなった文芸評論家・加藤典洋さんが書いた『オレの東大物語 1966~1972』(集英社)をBOOKウォッチで紹介した。東大時代の友人とはほとんど付き合いがなく、「東大はクソだ!」とこき下ろしていたのが印象に残った(自分も「クソだった」と韜晦しているが)。
加藤さんは全共闘世代。学生時代とその後のギャップが、そうした交友関係の軋轢を生んだ例外かと理解した。しかし、本書『東大なんか入らなきゃよかった』(飛鳥新社)を読むと、少なからぬ卒業生が、東大に入ったのを後悔しているようなのだ。
著者の池田渓さんは1982年生まれ。兵庫県の中高一貫校を経て、東大農学部卒業後、同大学院農学生命科学研究科修士課程修了、同博士課程中退。出版社勤務を経て、フリーランスの書籍ライター。
こう書くと、何ら波乱がなかったように思われるが、「博士課程の途中で研究生活が心底嫌になり、研究室からバックレたような人間なのだ」という。挫折感しかないが、東大卒の学歴が池田さんの最大のレッテルとして機能しているのは事実で、「まるで呪いだ」と書いている。
2部構成で第1部が「あなたの知らない東大」。池田さんが強調するのは「東大内格差」だ。「合格ラインギリギリのものから東大生の平均レベルをはるかに超える天才じみた連中までもが、いっしょくたに『東大生』というカテゴリーに押し込まれている」と書いている。
東大生を「天才型」「秀才型」「要領型」の3つのタイプに分類している。天才型は1割、秀才型は半数以上で、残りが要領型だそうだ。ビジネスの現場で企業から「思っていたよりも使えない」と言われるのは要領型だという。
東大は3年生で専門課程に進学する際に初めて学部と学科が決まる。いわゆる「進学振り分け(通称・進振り)」が行われる。最近、「進学選択」に名称が変わったが、いまだに「進振り」と呼ばれているそうだ。成績の平均点によって進学先が決まるから、入ってからの競争が熾烈だ。「進振り」が嫌で、入学段階から学部・学科が決まっている京都大学などへ進学する理系の受験生も昔から少なくない。「進振り」では、要領型の学生が泣きを見るという。天才型、秀才型にかなわず、希望の学部・学科へ進めず目標を失い、留年するものも多い。東大の留年率は20%を超え、日本の大学の中では突出して高い。
それ以外にも家庭の経済格差、都会出身者と地方出身者の情報格差、文化格差など、東大と言ってもピンキリであるのが実態だ。こんな風にたとえている。
「実際には集団でもなんでもないマラソン大会の上位3000人に『東大生』というレッテルを貼って一位集団扱いしている」
第2部「東大に人生を狂わされた人たち」が本書の読みどころだ。「東大うつ」「東大ハード」「東大いじめ」「東大オーバー」「東大プア」の章に分かれ、「東大の呪い」に翻弄された、さまざまな卒業生のその後を紹介している。
東大法学部からメガバンクに入ったが、飛び込み営業がうまく出来ず、慶應卒の先輩たちにいじめられ、うつ病になった人、月200時間超の残業で心も体もパンク寸前の官僚、地方の市役所に入ったが、壮絶ないじめを受けて退職し、地方国立大の医学部に入り直した人。その医学部には同じような体験の人が続々と入り、「東大卒の人生再生工場」と言われているそうだ。
中でも印象に残ったのが東大文学部卒の警備員(44)だ。就職活動はせず、学習漫画を描いて生計を立てていたという。平均年収は150万円ほどだった。30代半ばで体調を崩し、漫画家を休業。「高卒」と「逆学歴詐称」し、警備員になり、年収230万円になり満足だという。アルコール依存症の傾向があり、「最期は川に流れたい」と話した。
「東大卒はみんな頭がいい」「コンプレックスとは無縁の最強の学歴」「一流企業に必ず就職できる」というのはすべて幻想だった、と書いている。
東大卒の人がどうすれば幸せになるのか、池田さんは以下の3点を挙げている。
・東大を出たことを忘れる ・環境が合わなければ速やかに脱出する ・自分と他者とを比べない
どの大学を出ても成功する人もいれば、うまく行かなかった人もいる。評者の同級生にも東大中退、学部卒、大学院卒と3人いるが、中退したものが最も社会的には成功している。
東大はそのギャップが大きいので、こういう本も出るのだろう。話題になるのか、近年東大関連の本は多い。
BOOKウォッチでは、『東大を出たあの子は幸せになったのか』(大和書房)、『ルポ東大女子 』(幻冬舎新書)、『東大教授が考えるあたらしい教養』 (幻冬舎新書) などのほか、本書でいう「天才型」の人のその後を追った『神童は大人になってどうなったのか』(太田出版)、さらにライバルの京大について書かれた『京大的アホがなぜ必要か――カオスな世界の生存戦略』(集英社新書)、『京都大学熊野寮に住んでみた――ある女子大生の呟き』(エール出版社)などを紹介済みだ。
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