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図書館は警察に「利用者記録」を見せているのか?

批判的思考力を育てる学校図書館

 全国の図書館関係者にとって必読の一冊と言えるだろう。本書『批判的思考力を育てる学校図書館』(青弓社)にはきわめて重要な内容が盛り込まれているからだ。「図書館利用記録とプライバシー」についての最新状況が記されている。警察から図書館の利用記録の提供を求められた場合、図書館はどう対応すべきなのか――。

コペル君も登場

 本書は以下の4章構成。

 第1章 「あたりまえのことが曲者だよ」、コペル君――批判的思考力を育てる学校図書館
 第2章 子どもを育てる読書の「力」――読書は子どもの「栄養素」
 第3章 「健全な教養」って何だろう――学校図書館法第二条の「健全な教養」概念を考える
 第4章 図書館利用記録とプライバシー――刑事訴訟法第百九十七条第二項に関連して

 第1~3章では、現在の教育課題である「批判的思考力」を児童・生徒はどのようにして身に付けるのかを解説している。学校図書館法にある「健全な教養」概念を大正教養主義にまでさかのぼって検討し、「教養」の重要性を示している。第4章「図書館利用記録とプライバシー」はちょっと色合いが異なる。全然別種の話になる。以下の項目が並んでいる。

 1 図書館利用記録の捜査機関への提供
 2 「捜査関係事項照会書」と図書館の貸出記録
 3 刑事訴訟法第百九十七条第二項について
 4 刑事訴訟法第百九十七条第二項――プライバシー権との関連
 5 刑事訴訟法第百九十七条第二項――「守秘義務」との関連
 6 個人情報保護条例と「貸出記録」――各自治体の対応事例
 7 「貸出記録」と照会
 8 令状捜査について
 9 「北海道新聞」「苫小牧民報」のその後
 10 国民主権・民主主義とプライバシー

 著者の渡邊重夫さんは藤女子大学教授を経て、現在は全国SLA学校図書館スーパーバイザー。日本図書館情報学会会員、日本図書館研究会会員。学校図書館賞受賞(2019年、全国学校図書館協議会)。著書に『子どもの人権と学校図書館』『司書教諭という仕事』『図書館の自由と知る権利』(いずれも青弓社)、『学校図書館の可能性』(全国学校図書館協議会)、『学びと育ちを支える学校図書館』(勉誠出版)など多数。

北海道で議論になっている

 図書館利用記録の警察への提供については、最近、北海道の苫小牧民報や北海道新聞で報じられているそうだ。発端になったのは2018年の苫小牧民報の記事。苫小牧市立中央図書館が警察の照会を受けて特定利用者の図書の貸し出し履歴や予約記録を提供していたことを報じた。さらに北海道新聞は19年6月3日、道内の人口5万人以上の15市について調査したところ、警察から「照会書」で提供を依頼された場合に、札幌市など8市が「提供する」、旭川市など7市が「提供しない」と判断が分かれていることを伝えた。

 ここでポイントになることが二つある。著者はまず、図書館業界の基本的認識を紹介する。根拠は「図書館の自由に関する宣言」(日本図書館協会、1979年改訂)だ。そこでは「読者が何を読むかはその人のプライバシーに属することであり、図書館は、利用者の読書事実を外部に漏らさない。ただし、憲法第35条にもとづく令状を確認した場合は例外とする」と記されている。

 第二のポイントは、警察の「照会書」が強制力を持つか否か。刑事訴訟法第197条第2項は、「捜査については、公務所又は公私の団体に照会して必要な事項の報告を求めることができる」としている。「捜査関係事項照会書」とは、この規定にもとづくものだ。

 著者は、これまでの国会答弁や法律書の解説をもとに、「この照会という捜査手段は強制捜査ではなく任意捜査の一手段」であり、「照会に応じない場合であっても、強制する方法はなく、刑罰などの制裁を受けることもない」という法務大臣答弁を紹介している。

「宣言」の土台が揺らぐ

 以上からわかるのは、警察から「照会書」で利用情報の提供を求められても、図書館側に応じる義務はないということだ。実際のところ、国立国会図書館は「照会書があっても利用記録は提出できない」という姿勢だ。18年の衆議院法務委員会でも「国会図書館は、令状なしの利用履歴の提供に応じたことはございません」と答弁している。

 少し古いデータだが、この問題についての日本図書館協会の調査結果が出ている。1995年調査だと、警察から文書による照会があった場合、提供したのは12館で13.2%、しなかったのは79館で86.8%。2011年は「提供」が113館で58.9%、しなかったのが74館で38.5%。そもそも文書による照会を受けたことがない館は95年が882館、11年が744館になっている。全体として警察からの照会に応じる図書館が増えている。「図書館の自由に関する宣言」の土台が揺らいでいる。

 本書の1~3章は本のタイトルに沿った『批判的思考力を育てる学校図書館』の話になっている。そこではロングセラー『君たちはどう生きるか』の話が引用されている。主人公のコペル君に対する叔父さんからのアドバイスも出てくる。「学校で、世間で通っていることを疑い、疑問をどこまでも追いかけ、自分のアタマで考えろ」という趣旨のことを叔父さんは語っている。

 いま、この言葉を改めて反芻すべきは、全国の図書館関係者かもしれない。

 BOOKウォッチでは関連書をいくつか紹介済みだ。『挑戦する公共図書館』(日外アソシエーツ)は海外の先進的な図書館状況を伝えている。米国、中国、台湾などがデジタル化では日本よりも進んでいる。『公共図書館運営の新たな動向』(勉誠出版)は国内の図書館を巡る新しい動きを伝える。このほか『図書館の日本史』(勉誠出版)、『図書館のこれまでとこれから』(青弓社)、『図書館さんぽ――本のある空間で世界を広げる』(駒草出版)、『未来の図書館、はじめます』(青弓社)なども取り上げている。



 


  • 書名 批判的思考力を育てる学校図書館
  • サブタイトル付:図書館利用記録とプライバシー
  • 監修・編集・著者名渡邊重夫 著
  • 出版社名青弓社
  • 出版年月日2020年6月23日
  • 定価本体2400円+税
  • 判型・ページ数四六判・240ページ
  • ISBN9784787200730
 

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