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上野はインバウンドの観光客であふれていたが......

上野新論

 「上野」と聞いて、「東京の玄関口」と思うのは、かつて東北から上京した年配の人だろう。東京国立博物館や国立西洋美術館など文化施設を思い浮かべる人もいれば、「アメ横」など下町の商店街をイメージする人もいるに違いない。本書『上野新論』は、気鋭の社会学者が長年の調査や聴き取りを経て、多様な貌を持つ「上野」という街を論じた本だ。学術書だが、「上野」という街の魅力のせいか、めっぽう面白い内容になっている。

上野が持つ多彩な要素と機能

 著者の五十嵐泰正さんは筑波大学大学院人文社会科学研究科准教授。専門は都市社会学・地域社会学。1974年に生まれた千葉県柏市で育ち、現在も暮らしている。上野駅を起点とする常磐線や宇都宮線、高崎線の住民と同様、幼いころ、東京とは上野だったという。

 中学・高校は上野に近い西日暮里にある開成に通った。当たり前の空気のような存在の上野のユニークさに気付いたのは、イギリスのバーミンガム大学に留学していた時だ。自分のなじみのある街をプレゼンする授業があった。多国籍の学生を前にロンドンを引き合いにして説明した。

 「近代化以前の江戸時代、17世紀に将軍家の菩提寺として、ちょうどウェストミンスター寺院のような国家的な寺院として創建された寛永寺の門前に、18~19世紀に栄えたのが上野の街の始まりです。明治維新という体制変革後、寛永寺の広大な寺域は新政府に接収された近代公園になり、日本を代表するたくさんの博物館や美術館、東京最大の動物園が建てられました。ロンドン動物園のあるリージェントパークに、大英博物館やナショナルギャラリーが建ってるようなものです」

 さらに、長距離鉄道のターミナルであり、アメ横という大きなマーケットがあることを説明し、そのすべてが半径500メートル以内にあると説明すると、皆怪訝な表情をしたという。

 「全く方向性の違う都市的な要素や機能がごく狭い範囲にこれだけ集積している街は、世界的にみても稀なことに私は気づいたのだ」

 帰国後、本格的に上野をフィールドワークする研究を始めた。

 本書の構成は以下の通り。

 第1章 グローバル化する上野
  山と街の現在/多文化化と流動化の地層――断絶か連続か
 第2章 商品化される「下町」
  「下町」アイデンティティのありか/「下町」商品化の系譜
 第3章 生きられる下町
  「下町」という両義的な資源/歴史性と大衆性の相克/浮上するコミュニティ
 第4章 「商売の街」の形成と継承
  アメ横というアンビバレンス/アメ横における「歴史の不在」/「アメ横商法」とエスニシティをめぐる視線の交錯/「歴史がない」アメ横を継いでいく、ということ
 終章 懐の深い街であり続けるために
  都市の多様性という困難/多様性を守るためのパトロール/コミュニティによるコミットメントとガバナンス/契機としてのセキュリティ/聞き続けるコミュニティに向けて

上野は5つの商店街のパッチワーク

 調査はおもに上野商店街連合会と上野観光連盟という二つの団体の世話になる形で行われた。上野には来歴の違う5つの商店街があり、統一的な組織が出来たのは2001年のことだという。商店主は上野への定着意識が高いが、多くは上野に住んでいないことを指摘している。

 インバウンド客が増え、上野は「玄関口」から「目的地」になったと書いている。その中心である「アメ横」について、1章を割き、詳しく分析している。

「アメ横には歴史がない」

 「アメ横には歴史がない」と関係者の多くが語るという。戦後ヤミ市ができる前には商店街になっておらず、上野の中では最も新参者の商店街であること、また町会活動の中核となる祭礼がないことが理由だ。最近まで長く他の商店街との付き合いはなかった。しかし、外様だが、アメ横以外は商店街ではない、というプライドも高かったそうだ。

 商店街構成員の3分の1が外国籍者ないしは帰化者ではないかという関係者の推測を紹介している。そうしたエスニシティにもとづく葛藤もあったようだ。

 アメ横ではインバウンド客を目当てにした外国人の出店ラッシュが続いていると書かれている。しかし、本書の刊行後に、新型コロナウイルス拡大により、インバウンドの観光客は姿を消してしまった。上野の商店街が姿を変えつつあることが縷々書かれているが、今後さらに変化するのだろうか。

 余談だが、上野の商店街関係者には開成OBが多く、後輩の五十嵐さんはずいぶん調査を助けられた、と書いている。口の堅い商店街関係者だが、長く上野に通い信頼関係を築いたようだ。

 歴史学や文学では上野を対象にしたものも多いが、上野が社会学的研究対象になることはまずなかったという。五十嵐さんは、学術的な研究ではないが、社会学的な感覚を感じさせる優れたルポとして、本橋信宏さんの『上野アンダーグラウンド』(駒草出版)を挙げ、一部で取材協力したことにもふれている。

 BOOKウォッチでは、社会学者の吉見俊哉さんが上野など東京都心北部に注目した『東京裏返し』(集英社新書)を紹介したばかりだ。

  


 


  • 書名 上野新論
  • サブタイトル変わりゆく街、受け継がれる気質
  • 監修・編集・著者名五十嵐泰正 著
  • 出版社名せりか書房
  • 出版年月日2019年12月25日
  • 定価本体3000円+税
  • 判型・ページ数B6判・301ページ
  • ISBN9784796703840
 

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