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卵を産む哺乳類・カモノハシの感覚器官はくちばし

カモノハシの博物誌

 カモノハシという動物がいるということは知っていたが、それがどんな動物かということは、本書『カモノハシの博物誌』(技術評論社)を読むまで全く知らなかった。オーストラリア東部の沿岸に近い地域にすむ、卵を産む哺乳類で、現在の哺乳類の中では最も古い歴史を持つ動物だという。著者の浅原正和さんは小学校の低学年のときにカモノハシのイラストを科学雑誌「ニュートン」で見て驚いた。それがきっかけで哺乳類の形態学の研究者になり、現在は愛知学院大学の専任講師を務めている。

「人魚のミイラ」と同類説も

 カモノハシは、鳥のようなくちばしを持つ一方、体には稠密な毛が生えていて、脚の先にはみずかきがある。標本が初めてヨーロッパにもたらされたのは18世紀末。当時は、中国などからサルと魚の体を縫い合わせて作った「人魚のミイラ」の標本などが出回っていたこともあって、イギリスのジョージ・ショーという解剖学者は、哺乳類の体に鳥のくちばしを縫い合わせた偽物だと思ったと伝えられているという。

 カモノハシの最大の特徴は「くちばし」が採餌の感覚器官になっていることだ。鳥のくちばしのような角質ではなく柔らかな肉質で、ここに水圧変化のような機械的刺激を感じる受容器と電気刺激を感じる受容器を備えている。カモノハシの電気受容器の性能が分かったのは1986年。カモノハシがイギリス人によって「発見」(アボリジニは当然のことながら、カモノハシの存在をはるか昔から知っていた)されてから、約180年後のことだった。

 カモノハシは、獲物が引き起こす水圧変化と微弱な電流変化を二つの感覚器官によってキャッチし、両者の情報の到達時間の差から獲物までの距離を正確に知り、獲物を捕まえている――と考えられているという。

 目はどうなっているのか。光を感じるたんぱく質の遺伝子を持っていることは確かだが、目の大きさは直径6ミリほどで、脳の視覚野も小さい。カモノハシが水中で目を開くかどうか、6年間も観察した研究者がいたが、目を開ける行動は確認されなかったという。ほとんど視覚に頼らずに採餌するため、夜でも濁った水の中でも採餌できる。

しばしコロナの鬱屈を忘れさせてくれる

 カモノハシは、発見された当初は、爬虫類なのか鳥類なのかで専門家の意見が割れた。鳥類ではないと分かってからは、爬虫類か哺乳類かで意見が分かれた。その後、腹部に乳腺らしきものが見つかり、さらに事故で死んだカモノハシの腹部からミルクが滲んでいることが見つかり、哺乳類に傾いていった。さらに卵生であることが分かって、卵を産む原始的な哺乳類であることが定まった。

 しかし、ヨーロッパ人に見つかってからは、お定まりの悲劇が始まる。猛獣のように人を襲うことも無いので狩猟者は安心して狩りができるし、厚みがあって硬いけれど緻密な毛皮は、帽子やスリッパ、絨毯などに加工するにはもってこいで、乱獲が始まりあっという間に激減した。20世紀に入って各地で本格的な保護が始まり、何とか絶滅を免れた。オーストラリア全体の生息数は3万から30万頭と推定されているという。

 本書が出版されたとき、新型コロナウイルス感染の第二波が日本を襲い始めていた。そんなさ中に、浮世離れしたカモノハシの話の本。評者は本を手にしたとき、筆者や出版社の不運を思った。しかし、読み終えてから、読書中、三密を避けるため人との交わりもままならないことからくる鬱屈を忘れていたことに気が付いた。新型コロナウイルス感染は暫く収まりそうにない。鬱屈がたまるこのようなときこそ、生物の奥深さ、命をつなぐ時間の長さに身を浸すことができる本を手にすることをお勧めしたい。



 


  • 書名 カモノハシの博物誌
  • サブタイトルふしぎな哺乳類の進化と発見の物語
  • 監修・編集・著者名浅原正和 著
  • 出版社名技術評論社
  • 出版年月日2020年7月25日
  • 定価本体2280円+税
  • 判型・ページ数A5判・223ページ
  • ISBN9784297115128
 

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