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コロナは人類の危機かリスクか?

人類の選択

 コロナ後の世界はどうなるのか? 経済の見通しや国際関係を予測する本は出たが、世界史や文明論といった大きなつかみから書いた論考はまだ新聞や雑誌の掲載にとどまっている。本書『人類の選択』(NHK出版新書)は、その嚆矢となる本かもしれない。

 おそらく多くの編集者が学者や作家に執筆を催促しているところだろう。感染が世界で拡大してから数カ月。このタイトなスケジュールで書き上げたのは、当代一の筆力を誇る作家の佐藤優さんだった。

世界史とのアナロジーでコロナを考える

 序章に「連帯か孤立か、独裁か自由民主主義か」とまず、問題意識を提示している。その上で、世界史とのアナロジーで国際情勢を見通している。

 「第1章 感染症が国家の秩序を変えた」では、過去の5例を紹介している。疾病が勢力図を変えたアテネとスパルタの攻防に始まり、指導者の質が歴史を左右した古代ローマの失敗、ペストが開いた中世の扉と進み、近代国家が有事を想定したホッブズ的国家と平時の国家のあり方を社会契約によって構想したロック的国家との間を揺れ動いてきた、と説明する。

 さらに「第2章 グローバリゼーションと感染症」では、モンゴル帝国がペストの通路を準備したため、ユーラシアの東西をパンデミックが席巻したこと、スペイン風邪が国家間格差を顕在化したことを紹介している。感染症が帝国主義を広めたというのだ。

新・帝国主義の再編

 そして、今、新しい帝国主義の再編成が進むとして、第3章で詳しく各国の動向を予測している。アメリカでは大統領選の後、混迷が深まるだろうし、ヨーロッパでは英国とEUとの亀裂が広がる、と見ている。EUとは「二度と戦争だけはしたくない」という理念に貫かれた独仏同盟を中心とする西ヨーロッパの帝国、だと書いている。もうひとつEUには「ドイツ第四帝国」という顔もあるという。「ユーロ」という名の拡大マルクが席巻し、経済的にはドイツだけが一人勝ちし、EUが東方に拡大しつづけているからだ。

 また、ロシアと中国は露骨な国益を主張。日本では、薬事承認に介入するなど行政権拡大の背景に何があるのかを探っている。

ハラリ・モデルかトッド・モデルか

 読みどころは、「第4章 人類の選択」だ。イスラエルの歴史学者ユヴァル・ノア・ハラリとフランスの人類学者エマニュエル・トッドという世界を代表するふたつの知性が構想したモデルを比較検討している。

 ハラリは世界的ベストセラーになった『サピエンス全史』とその続編『ホモ・デウス――テクノロジーとサピエンスの未来(上下)』で知られる。

 今回のコロナ禍をクライシス(危機)ととらえているのがハラリで、リスクととらえているのがトッドだと対比する。

 ハラリの以下の発言を引用している。

 「人類は今、グローバルな危機に直面している。それはことによると、私たちの世代にとって最大の危機かもしれない。今後数週間に人々や政府が下す決定は、今後何年にもわたって世の中が進む方向を定めるだろう。医療制度だけでなく、経済や政治や文化の行方をも決めることになる。私たちは迅速かつ決然と振る舞わなければならない」(「新型コロナウイルス後の世界」、英国「フィナンシャル・タイムズ」2020年3月20日掲載)

 ハラリによれば、人類は岐路に立っている。「全体主義的監視かそれとも国民の権利拡大か、ナショナリズムに基づく孤立かそれともグローバルな団結か」という選択だ。だからこそ、民主的な統制が必要だとも。

 一方のトッドについては、朝日新聞の5月20日のインタビューを引用し、「何か新しいことが起きたのではなく、すでに起きていた変化がより劇的に表れていると考えるべきでしょう」との発言を紹介している。

 佐藤さん自身は、いまはクライシスとリスクの中間にあると考えている。その上で、グローバリゼーションには歯止めがかかり、トッドの言うように格差は拡大し、第三に行政権力が強化されると見ている。

宗教・文学・哲学の重要性

 最後に、ハラリともトッドとも違う「第三の道」があるとし、宗教・文学・哲学の重要性を指摘している。

 面白いのは、窪美澄の『アカガミ』や村田沙耶香の『消滅世界』など現代日本のディストピア小説が優生思想の悪を見事に書いているというのだ。生産人口の維持を優先したスウェーデンのコロナ対応には、優生思想が影を落としていたという。国家によって命の選別がおこなわれかねないコロナ禍の現実が、小説に描かれていた。

 ブックガイドもついており、ポスト・コロナの世界を自分の頭で考えようという人には参考になるだろう。

BOOKウォッチでは、ポスト・コロナについて、『コロナ後の世界は中国一強か』(花伝社)、『コロナ大不況後、日本は必ず復活する』(宝島社)など、また佐藤さんの著書『調べる技術 書く技術』(SB新書)、『いま生きる階級論』(新潮文庫)などを紹介済みだ。

  


 


  • 書名 人類の選択
  • サブタイトル「ポスト・コロナ」を世界史で解く
  • 監修・編集・著者名佐藤優 著
  • 出版社名NHK出版
  • 出版年月日2020年8月10日
  • 定価本体850円+税
  • 判型・ページ数新書判・227ページ
  • ISBN9784140886328
 

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