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『闇金ウシジマくん』 を見て答えよ・・・銀行と闇金はどこが違う?

いま生きる階級論

 評者がいま最も信頼する知識人は、評論家の佐藤優氏である。埼玉県立浦和高校から同志社大学大学院神学研究科修了の後、外務省に入り、ソ連、ロシアの専門家として活躍したが、2002年に背任と偽計業務妨害容疑で逮捕され、執行猶予付き有罪判決を受けた。その後、旺盛な著作活動を続け『国家の罠-外務省のラスプーチンと呼ばれて』(毎日出版文化賞)『自壊する帝国』(新潮ドキュメント賞、大宅壮一ノンフィクション賞)などで文名を挙げた。

 キリスト教、神学、宗教についての著作も多いが、近年は貧困など社会問題にも積極的に取り組んでいる。論理的な思考を展開する氏の知的バックボーンは神学に加えてマルクスの『資本論』である。本書『いま生きる階級論』(新潮文庫)は、『いまいきる「資本論」』(同)に続く第二弾。マルクスが『資本論』で展開した理論を論理的により精緻にして、発展させた日本のマルクス経済学者・宇野弘蔵(1897-1977)の経済理論をわかりやすく解説している。新潮社のカルチャー講座『資本論』講義を活字化したものなので、実に読みやすい。

 「原理論」「段階論」「現状分析」という宇野弘蔵の三段階論の解説に加え、佐藤さんが語るエピソードが興味深い。例えば、宇野は東大経済学部教授だったが、80年代に入る頃まで東大法学部でもマルクス経済学は必修だったため、一世代前の財務省官僚はちゃんとマルクス経済学を学んだという。だから資本主義の限界を心得ていたので、「日銀券をたくさん刷れば景気が上がるんだという発想にならない。だけど、若い財務官僚になると、『資本論』を知らないから、資本主義には統制不能の側面があることがわからなくなってしまった。これはソ連の崩壊以降、マルクス経済学がしぼんでしまったせいが大きいと思いますね」と語る。

『なんとなく、クリスタル』は、30年でどう変わったか?

 ユニークな設問も多い。『闇金ウシジマくん』を見て答える問題も。銀行と闇金は、どこが本質的に異なるか。200字程度で答える問題。あるいは、田中康夫氏の『なんとなく、クリスタル』と『33年後のなんとなく、クリスタル』を比較して、1980年代初頭と2010年代の日本資本主義にどのような変化が生じたかについて論じる問題。こんなやりとりをしながら講義は進む。

 ほぼ講演を引き受けない佐藤氏がなぜこういう講義をするのか。小渕内閣時代に経済戦略会議の議長代理を務めた一橋大学名誉教授の中谷巌氏を例に挙げて説明する。中谷氏は「不識塾」という私塾を主宰しているそうだ。一期500万円、土曜日の講義で大学院での15回分をやる。六本木ヒルズに24時間使えるような施設を用意、海外への10日間でのゼミ旅行では各国の閣僚級との意見交換もする。一部上場企業の経営者になりそうな30人に絞って鍛える。日本を変えるには、上から変えるしかない、というのが中谷氏の考えだそうだ。

 これに対し佐藤氏は「一回三千数百円の木戸賃を取って数十人規模を集めるぐらいの形が、よりよい市民社会を作っていく一歩として、一番適しているのかなと思って」講義をやっているという。

 ソ連の崩壊に伴う社会の混乱を知る佐藤氏の眼から見ても、今の日本の現状はおかしいという。「教育の右肩下がりどころじゃない、おにぎりしか食べられない子どもたちが出てきて、15歳以下の子どものうち六人に一人が貧困状態にあるなんて事実は、これは控え目に言って異常な国家ですよ」と警鐘を鳴らす。

 佐藤さんは神を信じるキリスト教徒であるにもかかわらず、マルクスと宇野弘蔵の資本主義分析は基本的に正しいと考えているという。彼らの経済哲学はキリスト教神学と親和的だと説く。人間は原罪を背負う。資本主義とは人間の罪が生み出した悪のシステムで、必然的に階級社会が生まれるというのだ。

 宇野派のマルクス主義経済学は、革マル派など新左翼に大きな影響を与えた。その運動が活発だった1970年代から日本は、「一億総中流社会」と呼ばれ「階級」を意識する人は激減した。だが、いま就業人口の15%余りを占める非正規労働者の存在抜きに日本経済は回らない。資本家、労働者、非正規労働者と「階級」は厳然とある。マルクスと宇野弘蔵の著作を読むことによって、資本主義の内在的論理を理解することが出来るようになる。きわめて実用的な読書なのだ、と佐藤氏は強調する。

 本欄では佐藤氏の共著『埼玉県立浦和高校』(講談社現代新書)を紹介している。高校時代から宇野学派の本を読んでいたことが分かる。余談だが、「週刊SPA!」巻末の佐藤氏の人生相談は毎週傑作で実にためになる。回答とともに参考になる本を1冊紹介しているのも親切だ。

  本書は2015年6月に刊行された単行本を文庫化した。  

  • 書名 いま生きる階級論
  • 監修・編集・著者名佐藤優 著
  • 出版社名新潮社
  • 出版年月日2018年8月 1日
  • 定価本体670円+税
  • 判型・ページ数文庫判・407ページ
  • ISBN9784101331805

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