東京の原型、江戸の街は、徳川家康の入府により開発が進み、それに合わせて色街もあちらこちらで賑いを増すようになったという。なかには「吉原」のように、いまなお綿々と続くところもある。都内ではいま、2年後のオリンピックを見据え急ピッチで再開発が進められており、遺産的な色街の施設が次々なくなっているという。本書『江戸・東京色街入門』(実業之日本社)は、それらのうち30か所以上を訪ね歩いてルポしたもの。ガイドブック仕立てになっており「まだ残っている建造物を眺めるなら、今歩くべき」と促している。
「吉原」は、江戸時代の初めから場所を移しつつ現代に続く日本最大級の色街。日本に色街は数多あれど通算四百年の時を越えて存在する色街は、ここ吉原くらいではないかという。地名では台東区千束4丁目および同3丁目の一部。何度か大火に見舞われ往時の建築物はなくなっているが、区画は江戸時代から変わっていないという。
最寄りの鉄道駅は東京メトロ日比谷線三ノ輪駅。著者は同駅から、吉原へと向かう道筋からは少し外れた竜泉の街に立ち寄る。ここは、樋口一葉の「たけくらべ」の舞台という。主人公の少女、美登利は将来吉原の遊女になることを宿命づけられており、物語は吉原の描写で始まる。
竜泉はまた、あの阿部定(あべさだ)が戦後、おにぎり屋を営んでいたという。その場所は樋口一葉の銅像がある千束稲荷神社の向かい側。著者が訪ねたときには、店のシャッターは閉まったままだったが当時の建物が残されていた。竜泉には吉原遊郭が栄えていたころ、そこで働く娼婦らが多く暮らしていた。阿部定は大阪や名古屋などで遊女稼業していたこともあり、著者は「この土地に流れてくることは単なる偶然ではなかった。土地の空気が彼女の生き様にあっていたのだろう」と述べている。
江戸の街に「吉原」は二つあり、いまもソープランド街として色街を継承している台東区のエリアは「新吉原」と呼ばれた場所。それ以前の場所は、現在の日本橋人形町(中央区)界隈に設けられていたが、1657年(明暦3年)に起きた明暦の大火で焼けて移転し、こちらは「元吉原」と呼ばれている。本書では、この元吉原のエリアでも、そこに漂う色街の気配を見出している。
江戸時代、幕府から許されて運営されていた色街は吉原のほか、日光街道の北千住、中山道の板橋、東海道の品川、甲州街道の新宿だけ。だが、許可を得ていない、岡場所と呼ばれる色街は江戸市中に100か所以上あったとされる。なかでも有名なのは、深川(江東区)、亀戸(同)、音羽(文京区)、根津(同)、芝明神(港区)だったという。これらに共通するのは、寺社の門前に店を並べていたことだ。深川では遊女は船に客を招くことから船饅頭と呼ばれ、芝明神は男色目的の僧侶らを顧客にした陰間茶屋の名所だったという。
根津はいまでは、谷中、千駄木と合わせて「谷根千」と呼ばれ観光スポットとしてにぎわっているが、江戸から明治まで続いた色街だった。地域内にある根津神社は五代将軍綱吉による天下普請で造営されたもので、その作業のため多数の職人が出入り。その職人らを相手にする飲食店ができ、岡場所に発展していった。
その後、江戸の風紀取り締まりが強化された天保の改革により、ほかの岡場所と同じく廃れてしまうのだが、明治になると根津遊郭として復活。本書が引用する明治時代の記録によると、680人の娼妓が働き吉原に次ぐ2番目の規模を誇るようになったという。
根津遊郭の裏手には1877年(明治10年)に東京大学ができ、遊郭に入り浸る学生も少なからずいた。そのなかの一人、坪内逍遥は娼妓を妻にしている。しかし、放蕩学生の存在が問題視されるようになり遊郭は移転を強いられ、のちに東京湾の埋め立て地、洲崎がその場所に。戦後、洲崎パラダイスとして知られる洲崎遊郭となった。
吉原に代表されるように、江戸時代から続く色街となると、東部が中心で、ほかに、吉原に近い浅草、玉の井、立石、錦糸町、亀戸から、小岩、新小岩などの紹介が続く。都内のほかの地域に色街はなかったのかというと、もちろんそんなことはなく、調布、府中、立川、八王子、町田なども訪ね歩く。街にも歴史にも深く入り込んだディープなルポは力強く、街歩きへの旅ごころを刺激する。
著者は、写真週刊誌カメラマンから転じたノンフィクション作家。20年ほど前に、かつて外国人の娼婦たちが集まっていた色街、横浜・黄金町を取材したことをきっかけに日本各地の色街を対象にした作品を手がけている。
今年は売春防止法完全施行から60年目で、遊郭の関係からは節目といえる年。本書のほか、それに合わせた出版物もいくつかあり、J-CAST BOOK ウォッチでは『遊廓に泊まる』(新潮社)を紹介している。
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