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60年たった今もある「泊まれる遊郭」

遊廓に泊まる

 1958年(昭和33年)に売春防止法が施行されてから今年で60年目。記念のなにかが行われるような性質の歴史イベントではないけれど、本書『遊郭に泊まる』(新潮社)はまるで、そのアニバーサリーのために刊行されたようでもある。

 同法により全国にあった遊郭は日本地図から消えたが一部は旅館に業態を変えて営業を続け、60年を経たいまもなお、わずかに残る。その風情に魅せられたフリーカメラマンが全国の「泊まれる遊郭」を訪ねたもの。「渾身取材」というだけに、写真、紀行文がシンクロして立体感豊で、ビジュアルの奥行きが臨場感を醸し出す。

伊勢神宮「おかげ参り」の参道にもあった

 「遊郭」は少し前までは、テレビや映画の時代劇で描かれることが多かった。だが、その舞台が主役となって描かれることはなく、多くの人にとっては、遊郭の様子はなんとなくイメージされるだけではなかろうか。対照的に本書を開けば、唐破風のどっしりした玄関、「顔見世」に使われていた階段などに目を奪われ、鮮やかに印象付けられる。

 著者の関根虎洸(ここう)さんは元プロボクサーのフリーカメラマン。4年前に中国の旧満州に残る遊郭跡を訪ね、遊郭建築に興味を持ち撮影を始めたという。旧満州の遊郭跡は本書にも収録されている。

 本書に収められた元遊郭の旅館は14軒。青森県3軒、新潟、京都各2軒、秋田、山形、石川、奈良、三重、広島、山口各1軒。日本海側の都市が多いのは、北前船の寄港地と重なるかららしい。青森県では八戸市に2軒とか、秋田県では由利本荘市にあること、また、新潟県の2軒のうち1軒が佐渡市で、また三重県、山口県の各1軒は伊勢市と萩市であるなど、意外ともいえる場所に遊郭があり、その後継旅館が長く営業を続けているというのは、なお意外な感じなのだが、それぞれの説明を読むと合点がいく。

 たとえば、佐渡市は金山と漁業で栄えたからで、伊勢市の場合は、伊勢神宮への「おかげ参り」につきものだった「精進落とし」の需要があった。江戸時代にブームになった伊勢参り、旅人は一生に一度の長旅を苦行に例え、参拝後に俗社会に戻るとして都合よく「精進落とし」と呼んだという。

当初の1%未満にまで減少

 明治33年(1900年)に発布された法令「娼妓取締規則」によって全国統一の公娼制度が完成。遊郭は法令上の正式名称として「貸座敷免許地」といい、遊女がいる娼家として妓楼は「貸座敷」とされた。その後、昭和に入り第二次大戦を経て1958年(昭和33年)に売春防止法が施行。同年3月末にその業者数は1万9220人で、このうち5313人(27.7%)が旅館業に転じ、同法直後からの昭和時代は、遊郭が前身の旅館は珍しくはなかった。

 昭和50年代ころまでは東京都内東部の、かつての三業地や二業地のなかにも、その趣を残す建物があり、なおひっそりと残りつづけているケースもある。本書でも「番外」として収録されているが、大阪・飛田新地の「鯛よし百番」は、居酒屋チェーンに経営権が渡り、料亭として営業しており、国指定登録有形文化財でもあるのでよく知られている。

 本書の巻末には、カストリ出版代表で遊郭家の渡辺豪さんの「解説」が収められているが、それによると、今も営業中の元遊郭の旅館は、本書収録の14軒を合わせて30軒に満たないのではないかという。「約5300軒あったうちの1%未満にまで減少している。この点からも、本書が消え入ろうとする元妓楼の今を活写した記録として、いかに貴重であるか、強調したい」と渡辺さん。

 本書で紹介された元遊郭の旅館のなかには、元遊郭という前身を伏せて営業を続けてきたところもあったが、その旅館も含めて近年では、元遊郭を理由に訪れる客が増えているという。建物の意匠はもちろんだが、見開きの大きな写真で紹介されている「女将手製の朝食」などをみると、わざわざ泊まりに行く気持ちがよく分かる。

  • 書名 遊廓に泊まる
  • 監修・編集・著者名関根 虎洸 著
  • 出版社名新潮社
  • 出版年月日2018年7月31日
  • 定価本体1600円+税
  • 判型・ページ数B5判変型・126ページ
  • ISBN9784106022845
 

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