毎年、芥川賞と直木賞が発表される夜に(年2回)同時に発表される「新井賞」をご存知だろうか。三省堂書店の店員、新井見枝香さんが本の販促を兼ねて個人的に推したい本をここ数年発表している。芥川賞、直木賞の受賞作よりも売れることがあるというから、なかなかの本の目利きに違いない。そんな新井さんが出版業界の専門紙「新文化」に連載したコラムを集めたのが本書『本屋の新井』(講談社)だ。
さぞかし本への愛が綴られているかと思いきや、初回から「本屋で働くことに、特別な意味を見いだせていないし、無理に続ける気もないのだ。仕事がなくなれば別の仕事を探すまでよ」と至ってクールだ。しかも、高校生のとき、東京・吉原の最高級ソープ店の面接を受け、鼻で笑われ、不採用になったことまで書いている。江戸時代から遊郭だった吉原は形を変えて生き残っている。「需要がある限り、その商売は消滅しない」。
書店員の仕事のあれこれが淡々とした筆致で書かれている。たとえば図書カード(現在、図書券の発行は終わっている)。利益率は5%だが、手数料として図書カードの会社に5%を払わなければならない。だから利益は出ない。だが贈り物用に無料で包装するサービスがあるため、需要は少なくない。大口の注文があると仕事を中断して総がかりになるという。「1銭も出ない内職とかやってます」。本屋は忙しいって、何やってんの? という質問への答えだ。
そういう新井さんだが、販促が趣味で本を売ることには熱心だ。文芸書を担当していた時は、休日を利用して手書きのPOPを作った。営業本部に異動したときに、ちょっとした実験をした。ほぼ同規模の店舗で、同じ本を同じ面数積み、片方の店舗にだけ手書きのPOPをつけた。5倍10倍と売上げ冊数に差がついたという。POP作成は重要な販促業務として認められるように研究を続けようと思ったが、1年で店舗に戻ったため、研究は中断したままだ。
作家・西加奈子さんの作家生活10周年記念の大作『サラバ!』が出たとき、西さんを書店員数十人で囲む食事会が開かれた。主人公が自分だと思えるほど感情移入した新井さんは、本について誰かと語り合う気になれず、ひたすらチャーハンを食べ続け、誰にも取り分けしなかった。それ以来、書店員仲間に「くいしんぼちゃん」と呼ばれているという。
めったにお客さんに声をかけない新井さんだが、『やせるおかず 作りおき』を買おうか迷っている若い女性に本を勧めた。「それで、痩せました?」と聞かれ、「現状維持です」と答えた。本は売れたという。
「本は日用品です。だから毎日売っています」と帯に書いている。短いコラムだが、ぴりっとした味がきいている。当欄も書店員さんにはお世話になっている。その世界が少し分かったような気がする。
本欄では書店員の本として『夢の猫本屋ができるまで』『出会い系サイトで70人と実際に会ってその人に合いそうな本をすすめまくった1年間のこと』をすでに紹介している。
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