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「私は何者なのか」「何のために生きているのか」...

悩む力

 100万部を突破した『悩む力』(集英社新書)の大ベストセラーで知られる姜尚中さんが、新たに『母の教え』(集英社新書)を出すそうだ。新聞に大々的な出版広告が出ていた。根強い人気を誇る人だから、これまた売れるに違いない。そこで改めて『悩む力』を手に取ってみた。

漱石とウェーバー

 再読して痛感するのは、著者の姜さんが非常にまじめな人だということだ。出版当時は57歳。すでに東大教授だったはずだが、そうした偉そうな感じは全くない。とつとつと、生きることの意味について問い続ける。

 父も母も韓国人、熊本で在日二世として生まれた。それだけに、普通の日本人以上に「私は何者なのか」「何のために生きているのか」「私にとってこの世界は何なのか」「私は何から逃げようとしていたのか」と自問をくり返す。答えの出ない問いに縛られて、どうにもならない状態が続いていたという。当時のことを「私は足踏み状態のまま三十歳近くまで悶々としていたのです」と振り返っている。

 本書が手引きにしているのは夏目漱石とマックス・ウェーバーだ。ともに1860年代に生まれた。日本とドイツという、当時の後発国家の同時代人。漱石は『心』『三四郎』などの文学で、ウェーバーは『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』などの社会学で、新しい時代と人間ついて深く考えた。

 封建国家から資本主義の社会へ。急速な近代化で伝統や人々のつながりが薄れる。合理主義がもてはやされ、長く人間関係が安定していた共同体が崩れ、そこから放り出された人々は「自我」の確立を求められた。「自我」を考え続けていた姜さんにとっては格好のテキストだった。

鬱状態になったことも

 姜さんはウェーバーをさらに研究するためドイツに留学。その時、携えていたのが『心』だった。この小説が人と人のつながりについて、多くのことを語ってくれたからだという。「自我」というものは他者との関係の中でしか成立しない、すなわち「人」とのつながりの中でしか「私」はありえない、と姜さんは書いている。

 ドイツ留学から帰ってすぐに自分のアイデンティティや「自我」について答えを出すことができたわけではない。それからもしばらく「私は何者か」という問いを繰り返し、その末にようやく社会に対して発言ができるようになったという。それでも40代末ごろには、鬱状態になったこともあると明かしている。

 本書が大ベストセラーになったのは、姜さんが上から目線ではなく、柔らかい言葉で、読者と等身大で過去の自分の煩悶を公開したことによるものだろう。加えて「悩む力」という巧みなネーミングも大きい。「悩む」というネガティブなイメージを「力」という肯定的なものに変えた。

 考えてみれば「人生に悩む」というのはヒトの特権だ。動物園の愛好家に聞いたことがあるが、「ゴリラ」が好きな大人は少なくないそうだ。というのも、ゴリラはしばしば考えごとにふけり、悩んでいるように見えるからだという。ヒトの写し鑑のように感じるからだろう。

 本書では冒頭で波乱に満ちた母の人生に触れている。朝鮮半島から来日した母の苦悩が「海のように深く、広かったぶん、母は人として生きる価値を見出すことができたのかもしれません」と回想している。近著はその「母の教え」について、たっぷり語られるようなので、期待が膨らむ。

  • 書名 悩む力
  • 監修・編集・著者名姜尚中
  • 出版社名集英社
  • 出版年月日2008年5月16日
  • 定価本体680円+税
  • 判型・ページ数新書・192ページ
  • ISBN9784087204445

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