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奇想と本格ミステリの融合、大型新人のベストセラー

屍人荘の殺人

 本書『屍人荘の殺人』(東京創元社)は、初版の発行からほぼ1年。いまだに書店では平積みで評判は上々のようだ。長編推理小説の公募新人賞である第27回鮎川哲也賞受賞が2017年4月に決定。半年後に刊行されると同時に「21世紀最高の大型新人」の評判を呼び、以後、11刷とベストセラー路線を走り続けている。

 この作品がいかに魅力的かは、推理小説賞の受賞歴が物語っている。

 『このミステリーがすごい!』(宝島社)、「週刊文春ミステリーベスト10」、「本格ミステリ・ベスト10」(探偵小説研究会)、「本格ミステリ大賞」(本格ミステリ作家クラブ)の4つでトップを獲得。この4つはいずれも、新人かベテランかに関係なく、作品本意で「年間最優秀作品」を選んでいるので、4つで受賞というのは、いかにおもしろいかを示している。新人が対象の「鮎川賞」受賞作が、その年の「年間最優秀」になるのは、たぶん前代未聞。「驚愕の大型新人」というのも、うなづける。

 ストーリーは、びっくり仰天する設定だ。

 大学の映画研究会の夏合宿で訪れた山荘に、ある状況で閉じ込められてしまい、参加者が次々に惨殺されていくという筋立て。参加者のなかの探偵役の二人がなぞ解きをしていくのだが、果たして、二人は生き残り、連続殺人の謎を解けるのか。

 閉じ込められる原因は「奇想」「ホラー」であり、閉じ込められる状況は「密室殺人」という本格ミステリ。奇想天外な発想と本格ミステリの緻密さがうまく組み合わさり、サバイバルをかけた緊張感にのせられて、読み始めると止まらなくなる。

 推理小説というと、さまざまなイメージがある。いわゆる社会派もの。松本清張の『砂の器』では、ハンセン病差別という社会問題が背景だった。戦後の混乱期に端を発する悲劇が、殺人事件にむすびつくという筋立ては数多い。これら「社会派」は読んでいて、心に重く響くものがある。

 一方で、なぞ解きに専念するのが、いわゆる「本格もの」だろう。犯人はだれか、犯行の手口は、なぜ犯行に至るのか。「密室殺人」「凶器の謎」「ダイイングメッセージ」などさまざまなトリックが考案され、物語が生まれ続けている。

 「本格」の人気作品の魅力は、作品のなかに必ず事件解決のヒントが隠されていることだ。作者は見破られないようにヒントを作品中に埋め込む。読者はそれを掘り起こすべく挑む。そのチャレンジの緊張感がたまらないのだ。

 さて、『屍人荘の殺人』は「本格ミステリ」の傑作である。犯人はだれか、手口は、動機は。読み進むにつれて、次々に謎が深まり、そして、一歩ずつ解決に近づく展開は見事だ。しかも、やはり、ヒントはあちこちに隠されている。果たしてそれに気づくことができるかどうか。この作品で、秋の夜長をたっぷりと楽しむことができるだろう。

生き残った鮎川哲也賞

 推理小説の賞は歴史がある。日本推理作家協会賞は1948年に、江戸川乱歩賞は1955年にそれぞれ始まった。その後、数々の賞が誕生している。そのなかで、『屍人荘の殺人』が受賞した「鮎川哲也賞」は1990年開始でわりと後発だ。鮎川氏は数々の本格推理名作を残した有名作家。鮎川氏は賞の設立についてこう述べている。

 「現在は未曽有の推理小説ブームとかで、新人賞が乱立している、中にはテレビ局の後援を得て多額の賞金を出しているところもある。が、どこも私の愛する本格ものを志す有望な新人を発掘しようという気概に乏しい」。

 鮎川賞設立の1990年はまだバブル経済の真っただ中。うかれムードにあおられる「推理小説」への危機感を鮎川氏は感じていたのだろうか。実際、バブル崩壊とともに、「推理小説ブーム」は過ぎ去り、乱立した新人賞は姿を消すことになった。そして、生き残った賞のひとつが、鮎川賞である。

 その鮎川賞から登場した大型新人である今村昌弘さんは1985年生まれ。岡山大学を卒業後、放射線技師として勤務する傍ら、執筆を開始。短編がときどき選考に残るようになり、「夢を追いたい」と29歳の年の7月に退職し執筆に専念した。それから2年余りで誕生したのが『屍人荘の殺人』だった。

 『屍人荘の殺人』は、探偵役(シャーロック・ホームズ)のヒロインが剣崎比留子、助手役(ワトソン)に葉村譲がいる。物語は、二人のいい会話で幕を閉じるのである。

 大型新人の続編を期待しています。  

  • 書名 屍人荘の殺人
  • 監修・編集・著者名今村昌弘 著
  • 出版社名東京創元社
  • 出版年月日2017年10月12日
  • 定価本体1700円+税
  • 判型・ページ数四六判・316ページ
  • ISBN9784488025557
 

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