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「編集工房ノア」の健在はうれしい...五木寛之と早稲田露文同級生のさびしい晩年

やちまたの人 編集工房ノア著者追悼記続

 先ごろ朝日新聞朝刊で、作家五木寛之が半生を語る連載があった(「語る―人生の贈りもの」)。朝鮮半島から引き揚げ、九州から上京し苦学生を経て流行作家になり、今や仏教や高僧を語る大物に至った道筋が記されていたが、そのなかで早稲田大学文学部ロシア文学科に入学したくだりもあった。その早稲田露文科の同級生に、川崎彰彦という青年がいた。

著者たちの後ろ姿が、物静かに描かれる

 早熟の文学青年だった川崎は卒業後、北海道新聞の記者になったが文学への志やみがたく、関西に居を移し大阪文学学校という文芸の学校で文学を教えながら、売れない小説を営々と書き続けた。『まるい世界』『わが風土抄』などの著作があるが、あまり知られていない。

 文章も精神もダンディでスタイリッシュだったが、妻子とわかれ、酒と文筆の日々を送るうちに二度の脳出血に倒れ、後半生は厳しい闘病生活を送った。窮状を知った知人らがカンパを募ると、早大露文の同級生からも篤志が届いた。五木からは「特別の額」が寄せられたという。川崎は平成22年、76歳でひっそりと世を去った。

 このカンパや葬儀を世話したのが、本書『やちまたの人』の著者の涸沢純平さんだ。編集工房ノアの社主であり、大阪文学学校の川崎のクラスで小説を学んだ縁で、付き合いが始まった。川崎の著書を9冊出版した。

 本書にはこうした川崎の生き方や葬儀の様子のほか、故人となった幾人ものノアの著者たちの後ろ姿が、物静かに描かれる。涸沢さんの交友録であり、関西の文学界の貴重な記録でもある。昨年刊行した『遅れ時計の詩人』の続編だ。タイトルのやちまたとは、八衢と書き、道がいくつもに分かれる所をいう。出会い、そして別れ。やはりノアの主要な著者だった足立巻一が好んだ言葉という。

鶴見俊輔の最晩年の横顔も

 杉山平一という詩人、作家の半生も、印象深く記される。杉山は戦後、兵庫・尼崎の父親の工場の専務だった。だが、一時は3千人の従業員を抱えた工場の経営が行き詰まり、ついに倒産した。後に74歳になって、その経過を描いた『わが敗走』をノアから出した。

 本書のなかの「ふわりとした風-杉山平一」には、こんなエピソードが紹介されている。経営が行き詰まり、手形を落とすのにどうしてもあと10万円足りない。その時、経理の女子社員が、結婚資金に貯めた金を下ろしてきて、使ってください、と差し出したという。杉山は、うう、助かった、ありがとう、というや、事務所を飛び出した。自身も資金繰りに苦闘した経験をもつ涸沢さんは、この文章を書き写しながら泣いたという。

 杉山は平成23年に10冊目の著書である新詩集『希望』をやはりノアから出版、97歳になっていた。『希望』は翌年、第30回現代詩人賞を受賞、その授賞式の直前、杉山は死去した。

 鶴見俊輔の最晩年の横顔もスケッチされる。ノアから出す『象の消えた動物園』の打ち合わせに、京都・岩倉のお宅にうかがうと、庭を背にして椅子に腰かけて待っていた鶴見は、あいさつもそこそこに前置きもなく「山田さん(稔=フランス文学者、エッセイスト)が書いた、飯沼さんが面白いね」と目を輝かせた。『象の消えた動物園』の帯は「私の目標は、平和をめざして、もうろくするということです。もっとひろく、しなやかに、多元に開く。2005~2011最新時代批評集成」というものだった(「鶴見さんが居た」)。

 編集工房ノアといえば、知る人ぞ知る大阪の文芸小出版社だ。先の人々はじめ天野忠、庄野英二ら関西で活動する詩人や作家の文芸作品を、地道に、こつこつと出し続けている。本が売れない、文学が読まれないといわれる昨今、ノアの健在はうれしい。

  • 書名 やちまたの人 編集工房ノア著者追悼記続
  • 監修・編集・著者名涸沢 純平 著
  • 出版社名編集工房ノア
  • 定価本体2000円+税
  • 判型・ページ数四六版・301ページ
  • ISBN9784892712821
 

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